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年表
















平安時代 794 1192
当道座の琵琶法師、声明や催馬楽など様々な曲節を取り入れる。






鎌倉時代 1185 1333
平家物語完成。琵琶法師が平家物語を語る「平曲(語り物)」成立。






室町初期 1336 1573
浄瑠璃姫(十二段草子)物語完成。琵琶法師によって語られる。






永禄年間 1558 1570
三味線伝来。澤角検校・滝野検校が浄瑠璃に三味線の伴奏をつける。






慶長年間 1596 1614
浄瑠璃・三味線・西宮の戎舁からなる人形浄瑠璃が成立。伊藤出羽掾藤原信勝、道頓堀で最初の人形操り座「出羽座」を創設。






慶長5年 1600


関ヶ原の戦い。






慶長8年 1603


出雲のお国が「かぶき踊り」を始める。徳川家康が征夷大将軍に任官し徳川幕府を創設。






寛永初年 1624 1630
澤角検校の弟子、薩摩浄雲が京都から江戸に進出。






寛永元年 1624


初世猿若勘三郎(中村勘三郎)が江戸に猿若座(中村座)を創設。






寛永10 1633


二世岡本文弥(常磐津二世家元)生誕、のちに出羽座に招かれる。






寛永年間中頃



都越後掾(都万太夫・常磐津三世家元)生誕、





のちに二世岡本文弥に師事。






慶安元年 1648


伊藤出羽掾(常磐津初世家元)が、親鸞上人を題材にした浄瑠璃芝居を興行して本願寺に禁止される。






慶安3年 1650


初世都一中(一中節始祖・常磐津四世家元)生誕。のちに都万太夫(都越後掾)に師事。






慶安4年 1651


初世竹本義太夫(竹本節始祖)生誕。






承応2年 1653


近松門左衛門(狂言作者)生誕。






明暦年間 1655 1658
薩摩浄雲門弟、桜井丹波少掾が金平浄瑠璃を語り始める。






万治3年 1660


宮古路豊後掾(豊後節始祖・常磐津五世家元)生誕。のちに都一中(都太夫一中)に学び、都国太夫半中を名乗る。





初世市川團十郎生誕(江戸の荒事芸を確立)。






寛文9年 1669


都越後掾(都万太夫・常磐津三世家元)、京都四条に都万太夫座(現在の南座)を創設し座主となる。






貞享元年 1684


初世竹本義太夫が大阪道頓堀に竹本座を開場。






貞享2年 1685


近松門左衛門、初世竹本義太夫に「出世景清」を書く。





古浄瑠璃(元和元年1615‐1685)時代の終焉。これより新浄瑠璃時代(東の豊後節、西の義太夫節)へ。






元禄4年 1691


二代目竹田出雲(「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」等)生誕。






元禄7年 1694


初世大薩摩主膳太夫(大薩摩節の祖)生誕。






元禄16 1703


近松門左衛門作「曽根崎心中」が大当たりする。






宝永6年 1709


宮古路文字太夫(初世常磐津文字太夫・常磐津六世家元)生誕。のちに宮古路豊後掾の養子となる。






享保2年 1717


十寸見河東が河東節を創流。のちに山田流筝曲に影響を与える。






元文4年 1739


あまりの人気を懸念した北町奉行(行政・司法を担当)より、文字太夫を中心とした豊後節が全面的に禁止、弾圧を受ける。





狂言作者初世瀬川如皐、生誕。






延享4年 1747


三千両の顔見世(二代目市川団十郎・初代沢村宗十郎・初代瀬川菊之丞)に宮古路文字太夫が参加。





初世常磐津文字太夫を名乗り常磐津節を創流。





弟弟子である初世小文字太夫が離脱、富本節を創流。




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