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「安達原・安達・安達三」

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あらすじ

袖萩(そではぎ)は、父親「傔杖(けんじょう)」に背いて敵方の奥州安倍貞任(あべのさだとう)と恋に落ち、お君(おきみ)という娘を授かるが、前九年の役いわゆる「奥州攻め」で敗れた夫の消息を尋ねるうちに盲目となってしまう。

袖萩は雪の降りしきるなか娘お君に手を引かれて、ようやく父のいる御殿にたどり着く。頑固一徹な傔杖は娘に逢おうとしない。母親「濱夕(はまゆう)」は娘の変わり果てた姿を見て胸がいっぱいになる。袖萩は祭文(三味線)を弾き父母に背いたことを詫びる。子供を授かるようになってようやく自分も親の恩を理解できた、と。お君は「旦那様、奥様、他に願いはありません。お慈悲に一言、母に声をかけてあげてください」と懇願する。幼いながらも気を使って「お爺様、お婆様」と呼ばない孫に涙し、いよいよ感極まる濱夕。それでも武士である傔杖は娘袖萩を許さない。主君源八幡太郎義家への忠節を重んじ、無慈悲にも許すことが出来ないのだった-。

扉は固く閉ざされ再び開くことはない-。大雪のなか気絶した袖萩に雪を自分の口で溶かし飲ませるお君。袖萩は重い瞼を開くと異変に気が付く。幼い娘が裸になって自分の着物を気絶した母親に被せていたのだった-。

詞章

たださへ曇る雪空に 心の闇の暮近く 一間に直す白梅も 無常を急ぐ冬の風 身に應(こた)ゆるは血筋の縁 不憫やお袖はとぼとぼと 親の大事と聞く辛さ 娘お君に手を引かれ 親は子を杖子は親を 走らんとすれど雪道に 力泣く泣く辿り来て 垣の外面(そとも)に

袖「アァ嬉しや 誰も見とがめは為なんだなの
君「イエ 侍衆が居眠って居やしゃった間に
袖「オォ賢い児じゃ 謙仗様は此の春から 主のお屋敷には御座らず 此の宮様の御所にと聞いて モどうやら斯うやら此処まで来ごとは来たけれど 御勘当の父上母様 殊に浅ましい此の形装(なり)で 誰が取次ぐ者も有るまい

お目に懸ってご難儀の 様子がどうぞ聞きたやと 探れば触る小柴垣①

袖「ムゥ 此処はお庭先の紫折門 戸を叩くにも叩かれぬ 不幸の報い

此の垣一重が鐵(くろがね)の 門より高う心から 泣く声さへも憚(はばか)りて 簀戸(すど)②に喰付き泣き居たり 謙仗は斯くとも知らず

謙「垣の外面に誰やら人声 アレ女共は居らぬか

と言ひつつ自身庭の面 外には其と懐かしき 恥ずかしさも亦(また)先立って 被う袖萩 知らぬ父 開けてビックリ戸をピシャリ 何の御用と腰元共 濱夕も庭に下り立って

濱「謙仗殿 何ぞいの
謙「アアイヤ何でもない 見苦しい奴が来(う)せ居って 腰元共追い出せ コレサ婆あんなもの見る物で無い 此方(こち)へお来やれお来やれ

と夫の言葉に気も付かず

濱「何をきょときょと言はっしゃる 犬でも入りましたかと

何心無く戸を開けて よくよく透かせば オォ娘の袖萩ハッと呆れて又ばったり 娘は声を聞き知れど 母様かとも得(え)も言はず 母は変わりし形装を見て 胸一杯に塞がる思い押し下げ押し下げ③

濱「定め無い世と言ひながら テモさても思ひがけも無い
謙「コレサ婆 何言やる
濱「あいサやっぱり犬でござんした 本に憎い犬め 親に背いた天罰で眼も潰れたな 神仏にも見放され 定めて世に落ち果てて居ろうとは思うたれど 是は又あんまり強(きつ)い落ち果てやう 今思い知り居ったかと

余所に知らすも涙声 様子知らねば腰元共

腰「さっても慮外な物貰い④なら 中間衆⑤には貰はいで お庭先へ穢(むさ)くろしい サとっとと出や と迫立てられ

袖「ハイ 些(ちっと)の間 どうぞ御了見なされて
腰「ハテしつこい と女中の口々
濱「ヤレ待ってくれ女共 ヤイ物貰い 物が欲しくば何故歌を唄はぬぞ 願いの筋も何なりと

唄うて聞かせと夫の手前 些の間なと暇入れたさ アイとは言えど袖萩が 久し振りの母の前 琴の組とは引替えて 露命を繋ぐ古糸に 皮も破れし三味線の⑥

袖「撥も慮外も顧みず お願い申し奉る

今の憂身の恥ずかしさ 父上や母様のお気に背きし報いにて 二世の夫(つま)⑦にも引き別れ 泣き潰したる盲目鳥(めなしどり) 

袖「二人が中のコレ此の

お君とて明けて漸(やうや)う十一の児を持って知る親の恩

袖「知らぬ祖父(じい)様 祖母(ばば)様を

慕う此の児が意地らしさ 不憫と思(おぼ)し給はれと 後唄ひ差し咳き入る娘 孫と聞くより濱夕が飛び立つばかり戸の隙間 抱き入れたさ縋(すが)りたさ 祖父も変わらぬ逢ひたさを 隠してわざと尖り声

謙「ヤァ姦しい小唄聞きたう無い 女共も奥へ行て お客人に附いて居よ 皆行け行け コレサ婆何をうぢうぢ 早く畜生めを叩出して仕舞やれサ
濱「アァコレ腹立は道理(もっとも)なれど それはあんまり
謙「ハテさて 暇入れるほど為に成らぬ 武士の家で不義した女郎 叩出すは未だ親の慈悲 長居せば討ち放そうか 但しは親へ面当てに わざと其の形装見せに来せたか エェ憎い奴め と怒りの声
袖「サァ然(さ)う思召(おぼしめ)すも御尤も 大恩を忘れた悪事(いたづら) 我が身乍らモ愛想の尽きた此の体 お詫び申したとてお聴入れが何の有ろうぞ スリャ思切って居りまする 御屋敷の軒までも来られる身では無けれども

お命に懸る一大事と 聞いて心も心ならず 顔押し拭うて参りました 不幸の罰で眼は潰れ 此の児を連れて此処の軒では追い立てられ 彼方(かしこ)の端では打叩かるる 憂き目に遇うても此の身の罪に比ぶれば

袖「未だ未だ 業⑧の果たし様が足らぬと 未来が尚も恐ろしい 此の上のお願いには 娘のお君を目見得(めみえ)⑨と申すは慮外 只の非人の子と思召し モ唯一言お言葉を

お懸けなされて下されと嘆けば お君は手を合わせ

君「申し旦那様奥様 他に願ひはござりませぬ お慈悲に一言物仰って

下さりませと言い馴れし袖乞言葉に濱夕が

濱「オォ可愛いやな 子心にさへ身を恥ぢて 祖父様とも祖母様とも得言はぬ様にし居ったは皆 汝(おのれ)が悪戯ゆゑ 畜生の様な胎(はら)から美事産み居らず 産まれ落つると乞食さす子をあの様に大人しう 産付け様は何事ぞ

濱「モあまり憎うて私ゃ物が言はれぬと

酷う言ふのは可愛さの 裏の濱夕幾重にも お慈悲お慈悲と泣くばかり 謙仗尚も声荒らげ

謙「ヤァ親が難儀に遇はうが遇ふまいが 女めが要らざる世話 サァ奥此方(こち)へ ハテぐずつかずと早お出やれと

鋭き言葉にせがまれて 母も是非無く立って行く

袖「コレのう暫し もう逢はうとは申しませぬ お身の難儀のその訳をどうぞ聞かせて下さりませ 申し申し
と伸上がり 見れど盲目(めくら)の垣覗き 早暮過ぎる風に連れ 折から頻りに降る雪に 身は濡れ鷺の蘆垣(あしがき)や 中を隔つる白妙も

袖「エェ天道様⑩のお憎しみ 受けし此身は

厭(いと)はねど 様子聞かねば何ぼでも 往なぬ往なぬと泣く声も 嵐と雪に埋もれて 持病の癪(しゃく)の差し込んで かっぱと転(まろ)べば お君はうろうろ 摩る背中も釘氷

君「母様いのゥ母様いのゥ

涙片手に我が着物 単衣(ひとえ)⑪を脱いで母親に着せてしょんぼり白雪を抄(すく)うて口に含ますれば

君「母様いのゥ母様いのゥ
袖「ムゥ
君「気が付いたかえ気が付いたかえ
袖「オォお君 もうようござる 此の又冷える事はいの 其方は寒うは無いかや
君「イエイエ 私は暖うござります
袖「よう来て居やるか ヤ其方は是ゃ裸 着る物はどう為(し)やった コレ着る物はどう為(し)やった
君「あんまりお前が寒からうと思うて
袖「オォ親なればこそ子なればこそ

私(わし)が様な不孝の者が 何として 其方の様な孝行な子を持った 是も因果⑫の内かとて 抱き締め抱き締め泣く涙 耐え兼ねて垣越しに 打掛ひらりと濱夕が

濱「先刻(さっき)にから皆聞いて居る 儘(まま)ならぬが憂世(うきよ) 初孫の顔も碌(ろく)に得見ぬは 武士に連添ふ浅ましさ 諦めて往んでくれヨヨ

と言ふ内に 奥には謙仗の声として

謙「濱夕 濱夕
濱「あい あい 今そこへ参ります 娘よ孫よもうさらば

可愛いの者やと老の足 見返り見返り奥へ行く

解説

①小さな雑木でつくった垣。
②歌舞伎の大道具の一。竹を荒く編んで透けて見えるようにした枝折(しおり)戸。

③家出をしなければ名のある武士の娘として育ったのに、盲目の乞食のような格好になって言葉もない母親。

④慮外=不躾な様子。物貰い=物を恵んでもらい周る物乞い。

⑤中間=武士の召使い。

⑥露命=露のような儚い命。かつては令嬢の道具であった琴に代わり、現在は皮の破れた三味線を弾き物乞いをする哀れさを表している。

⑦二世の夫=古来より、親子は一世、夫婦は二世、主従は三世にも渡る深い縁がある事から、来世をでの再会を誓った夫。

⑧参考:仏教

⑨目見得=奉公人が初めて主人と会う事。

⑩天道=天地自然を統治する神。

⑪単衣=本来、冬場に着るのは羽裏(はうら)の付いた防寒機能の高い「袷(あわせ)」だが、生活に困窮した母娘はかろうじてボロボロの一張羅である単衣を着ている。

⑫参考:仏教