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「宗清」

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あらすじ

源義朝(みなもとのよしとも)の側室常盤御前(ときわごぜん)は平家の手から逃れるために、今若、乙若、牛若の三人の幼子を連れて雪中を大和国に向かっていた。六波羅の平清盛から「見つけ次第に源氏の血を引く子供の首を討て」と関を守り監視していた平宗清は常盤と分かるといったんは刃を向けるが、平重盛が建てた制札「松を手折って松を助く」という謎かけを慮り、常盤と三人の息子を助けてやる。文楽から歌舞伎に伝わった丸本物(義太夫狂言)の一つ「一谷嫩軍記」の派生譚として常磐津の素浄瑠璃として作られ伝わっている。また、現東京渋谷の常盤松は常盤御前が植えた松に因んで名付けられたという。

ちなみに、この当時まだ乳飲み子だった牛若丸(のちの源義経)は、一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき・文楽・歌舞伎)では立派に成長し配下熊谷直実に「一枝を切らば一指を切るべし」との謎かけを出す。熊谷は我が子を身替りに立てて首実検にそなえ、破った平家の公達「敦盛」の命を助けた。これは幼きころ敵方である平家に助けられた事を覚え感謝している義経の気高い武士の志があったからこそである。

詞章


君命受けて宗清①は 身を固糸の夜の関② 守れば敵も夜嵐も 彌猛心(やたけごころ)③の矢屏風④に 隔て厳しき板廂(いたびさし)

宗「降ったる雪かな 野も山も皆白妙と いつか頭に積る雪⑤ 寒さに負けぬ宗清が 六波羅⑥よりの上意を受け 左馬の上(さまのかみ)⑦が枝葉の子供 見附け次第に首討てと 清盛殿の厳しき掟 其の制札に 松を手折って松を助く と内府重盛殿⑧の言葉を賜ふは何様 意(こころ)有り気な御諚(ごぢゃう) 兎にも角にも関守は 話相手の無いので退屈 睡魔を避ける此の兵書⑨ 治世に乱を忘れぬ為 かの孫康(そんかう)⑩が雪明り ドリャ友人(ともびと)⑪を開いて見やうか

故郷(ふるさと)を出でしに増さる涙かな⑫ 夢に別るる枕とは げに定家が詠み歌も 身に呉竹(くれたけ)⑬の伏見なる 知辺(しるべ)の方を尋ねんと 紫竹(しちく)⑭を出でて後や前(さき) 歩み習はぬ路芝(みちしば)の 雪の剣⑮に裳裾(もすそ)さへ 紅誘ふ照り草の 今は果敢無き常磐の前⑯ 痛はしや今若と 乙若君を両袖に 包めど余る憂き事の 世を牛若は⑰懐(ふところ)に 凍る乳房を抱き寝の 顔を見るさへいとどなほ 歩み疲れて在しける

今「母様 危うござります 必ず怪我して下さるなや
常「オオ今若 好う言うて給った 紫竹の里を出でしより 便りに思ふは其方ばかり 思へば昨日は昔にて 鏡が石に影頼み 三人の子供は設けても御運拙き源の此の行く末 必ず平家の侍に 見咎められぬ様にしてたもや 兎角言ふ内伏見へも間は無い 両人(ふたり)とも辛抱して歩いて給や

言へど乙若 頑是無く

乙「もう歩くのは厭(いや)ぢゃ 厭ぢゃ
常「あゝ是は又どうしたもの 今に寝んねを為(さ)すほどに 聞き分けて歩くものぢゃ 其れ見や向ふが雪明り 鳥羽の畷(なはて)や小幡(こわだ)の里⑱

軈(やが)て木幡の山越えて 馬は有れども徒⑲裸足(かちはだし) 君を思へば行くぞとよ 歩く者には花紅葉 花の手車手を引いて 歩み懸かれば雪風に 笠を取られじ突く杖の 雪に涙も 玉鉾(たまぼこ)の 其の道もせを行き悩む

番卒甲「ヤァ 夜中と云ひ怪しい女 幼子を大勢連れ 此の関を越す気であらうが 此の所は木幡の関
番卒乙「義朝が残党 詮議の為 宗清殿の厳しい警固(かため) サァ有り様に名乗って通れ
常「サァ 妾(わらは)は元都の市人⑳ 伏見の辺へ知る辺有って 尋ぬる内に此の大雪 二人の子供に道果か行かず 思はずも日を暮らしたり どうぞ情けにこの関を
番「ヤァ 然う吐(ぬか)すほどなほ怪しい サァ女め と立上れば

宗「ヤレ待て両人 聞けば子供を連れた女とな 源氏の余類(よるゐ)に似合いの註文(ちゅうもん) 身が直々に糺(ただ)してくれう

何か思案の宗清が 凍る足駄に善悪の 邪正(じゃしゃう)の道㉒を踏み分けて 関の樞(とぼそ)の庭傳(づた)ひ

宗「賤しからざる上臈㉑の 共をも連れず唯一人 見れば幼い子供を連れ ハテあでやかな

キッと眺めて居たりしが

宗「コリャコリャ女 よっく聞けよ 今四海漸く平穏(おだやか)なるも先達て滅びたる 左馬の頭(さまのかみ)義朝 大勢の子供有って 所々方々に漂泊なし 殊に五條の雑仕(ざふし)常磐が腹には 三人の男子有る由 活け置いては後日の為 見附け次第に首討てと 新たに立てし此の関所 此の宗清が眼力に 一目見たれば遁(のが)れは無い 常磐なりと白状致せ

様子問はれて塞がる胸

常「エエそんなら三人の子供が有るゆゑ サァ其の疑ひも子供ゆゑ 子の有る女は何方(いずく)にも
宗「あゝ言はれな其の言い抜け 子供の事はさて措(お)いて 言はずと知れた芙蓉(ふよう)の眦(まなじり)㉓ 国色の聞こへ有る㉔常磐御前 他に在らう筈が無い 身が曳っ立って福原殿へ

常「アノスリャ私をどう有っても 本に思へば此の身の濡れ衣 是非も無き世の有様ぢゃなァ
宗「コリャ者ど大切(だいじ)の落人 関所の庭へ
番「サァ女め 立たう

是非泣く泣くも荒し子㉕に 曳っ立てられて常磐御前 隙間もあらば遠近(をちこち)の便(たづき)も知らぬ関の庭 巣を離れたる鶯㉖の 吹雪に迷ふ風情なり

宗「もう斯うなっては籠中の鳥 逃ぐるとて逃がしはせぬ 然し一人ならず三四人 思へば不憫な事でも有り オオ幸い幸い

背後に立てし高札㉗の 雪打ち拂い文字の綾

宗「コレ是を見よ 此の高札に松を手折って松を助く

操を懸けし言葉詰め 返事を松の高札に手折るとも また助くるとも

宗「此の宗清へ仰せなれど

活けては置かぬ落人の

宗「素性を明して助かるか イヤサもし 常磐なら手に懸くるまった松ならば助くるとも思案極めて返答致せ
常「サァそれは
宗「サァ
常「サァ
両「サァサァサァ
常「成程 妾こそ其の常磐 とても叶はぬ此の身の行く末 サァ潔う手に懸けて
宗「オオ よい覚悟観念なせ㉘

抜き放したる氷の刃 峯の吹雪に照り誘ふ 光は夜半(よは)の月代と 見紛(みまが)ふ内に是は如何に 刃物はそれて谷蔭の 岩の狭間に雪散ったり

常「ヤヤ すりゃ自らを助けんとて
宗「松を助くる制札の 掟厳しき清盛殿 松の操を破れと云ふ 謎が解くれば其の松の 雪も解けよ㉙と君の厳命

常「すりゃ其の松に松の操を
宗「色変へぬ松 色変へる松㉚
常「して三人の此の子供は
宗「小枝㉛も共に
常「雪を拂うて
宗「直ぐ様是よりササ 参らう

いざ御供と宗清に 助けられたる幼子の 其の源は谷の音 峯の木魂(こだま)と訪れて 南柯(なんか)の夢㉜と覚めにける

解説


①清盛の命を受けて関を守っている宗清。

②糸が寄る事と夜をかけたもの。

③勇猛な心。

④矢を屏風のように並べてある事。

⑤次第に白髪になった頭と雪をかけている。

⑥平家の本宮。

⑦源義朝。

⑧清盛の長男、内大臣の平重盛。

⑨軍学の書。

⑩孫子。

⑪本の事。

⑫平安時代の藤原定家の詠歌。

⑬伏見(京都)の枕詞。

⑭京都山城愛宕郡の地名。

⑮雪の冷たい事を剣に例えた。

⑯源義朝の愛妾だが今は平家に敗れて彷徨っている哀れさ。

⑰世を「憂し」と「牛」若とをかけたもの。

⑱宇治にある関所のあるところ。

⑲徒歩の事。

⑳町人。

㉑高貴な貴婦人。

㉒よこしまなことと正しいこと。不正と正。悪と善。

㉓芙蓉(美しい花)を美人に例えて言う言葉。

㉔国中で比類のない美人。

㉕身分の低い手荒な者。

㉖帰る場所を失った常磐御前を表している。

㉗関所に立てられた制札。

㉘覚悟して死ね、の意。

㉙松=常磐の縁語。操=常磐の源氏(義朝)を思う頑なな心。松の雪も解けよ=凍り付いたような常磐の平家に対する心。

㉚本来、松は常緑樹で色が変わる事がないが「時には色(源平の白赤)を返る事も必要だ」という宗清の助言。

㉛常磐を松に例えたので、子供たちを枝葉に例えた。

㉜はかない夢。栄華のむなしいことのたとえ。古代中国で、淳于という人が酔って古い槐の木の下で眠り、夢で大槐安国に行き王から南柯郡主に任ぜられて20年間栄華をきわめたが、夢から覚めてみれば蟻の国での出来事にすぎなかったという唐代の小説「南柯記」の故事から。平家物語の「盛者必衰の理をあらわす」に通じる主命題。