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「山姥」

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あらすじ

山姥こと彫物師十兵衛の娘「八重桐(やえぎり)」は京にのぼった時、宮中に仕えていた坂田蔵人(さかたのくらうど)と結ばれ懐妊し、故郷の足柄山に戻り女手一つで息子(怪童丸)を育てていた。日々、怪童丸はマサカリを担いで薪を取り、熊と相撲を取ったりと少年とは思えぬ力強さで母を助けていた。そこに都からの使者「壮夫(ますらお)」の目に留まり坂田金時と名付けられ、源氏方の武士として迎えられる。この坂田の金時が有名な「マサカリを担いだ金太郎」であり、のちに源頼光四天王の一人として出世し大活躍することとなる。

ちなみに、頼光四天王は渡辺綱(わたなべつな)、碓井貞光(うすいさだみつ)、卜部季武(うらべすえたけ)、そして坂田公時(さかたのきんとき)であり、碓井貞光、坂田金時が土蜘蛛退治をする話が「蜘蛛の糸」、渡辺綱が京都一条戻橋で鬼女の片腕を切った話が「戻橋」として常磐津に語られている。さらに言及すると渡辺綱が髭切丸という名刀で鬼女の片腕を切ったが、それを取り返しに来た「茨木童子」を兄弟刀の膝切丸で退治するのが長唄の「茨木」である。

詞章


四面峩峨(しめんがが)①たる足柄山② 麓に通ふ椎(しひ)が本 巌(いはほ)に染むる蔦蔓(つたかづら) 君命受けて丈夫(ますらを)③が 曲げたる肘の高枕 げに一瓢(いっぺう)の楽しみ④の 眠りを覚ます山嵐

斧「山高うして雲行客(くもかうかく)の跡を埋む 君命受けて此の日頃 斯く山賤(やまがつ)⑤と様を変え 深山幽谷(しんざんいうこく)きれえ無く 行成次第の気儘酒 睡気(ねむた)覚ましにドリャ一杯遣るべえか

酒量目(はかり)無き盃に 注げば映らふ星の影

斧「あゝら怪しやなァ 客星(かくせい)⑥此処に拱手(たんだく)⑦なし 我が盃中に影射すはさては一定人傑(いちぢゃうじんけつ)⑧の 此の山中に在りと云ふ 天の為知(しらせ)か何にもせよ 奇異なる事を見るものぢゃなァ ハハァ是で読めた 心當りは山住みの 女が連れ来るいつもの小僧 ドリャ一服飲んで待つべえか

錦の袂 引替へて⑨ 木の葉衣⑩を露霜に 染めてあげろの山姥と人や岩間の⑪苔清水 心細道たどたどと 杖を力に歩み来る

斧「オオ 阿母(おふくろ) 今日は未だ逢ひませぬの
山姥「オオ 山賤の斧蔵殿 又 焚火の御馳走しませうかいのゥ
斧「それは忝(かたじけ)ねえ 時に小僧はどうしましたな
山「然(さ)ればいの 後の麓まで連立って来ましたが 大方猪猿を相手に 相撲がな取って居ませうかいな
斧「それや危ねえ 早く此処へ 呼ばッせえ
山「本にマァ 疎ましい事⑫では有るぞいのゥ

アア疎ましいと喞事(かこちごと) それと見付けて

山「アレアレ御覧じませ 彼の様な大きな石を弄んで 怪我でもしたらどう為(せ)うと思やるぞ 道草も程がある コリャ怪童丸 怪童丸やい
怪「オオイ

神楽月⑬とて片山里を 笛や太鼓で面白や 足の冷たいに草履買うて給れ 子を捕ろ捕ろ⑭ どの子が目附き 後の子が目附き 籠女(かごめ)籠女 籠の中の鳥は何時(いつ)何時出やる 夜明けの晩に ツルツルツル突走(つっぺ)った⑮ 木の根笹原 潜り潜ってヒョイと出た幼児(みどりご)

山「コレコレ 怪童 早うお出(ぢ)ゃいのゥ
怪「アイ

母を慕うて山道を 尋ね木咲の梅の花好き

怪「母 己(おら)こんな花折って来たよ

花打ちせうと振り立てて 悪戯盛りぞ愛らしき

斧「ヤレ小僧 よく帰って来たな
山「オオ よう戻ってお出ったのう サァサァ常(いつも)の通り爺(をぢ)様へ お辞儀ぢゃお辞儀ぢゃ
斧「オオ お辞儀が能(よ)く 出来ましたたな
怪「母様 何ぞ下されや
山「大人しう遊んでお出ゃった其の褒美に此の間から赤の衣服(べべ) 織って着せうと思うてナ 山路巡らぬ其の暇に五百機(いほはた)立つる窓の内

枝の鶯 糸繰り綿繰り 織て着せたる母の秘蔵児(ほんそご) 里へ下がれば里の土産は でんでん太鼓に振り鼓 打つや空蝉(うつせみ)の唐衣 千声萬声(せんせいばんせい)に合はす鼓の 拍子面白や

怪「サァ是から馬事ぢゃ馬事ぢゃ
斧「ドレドレ 己がいい物を貸して遣らう 此の鉞(まさかり)を馬にして
山「母が囃して遣りませう

月毛に有らぬ斧の駒 取る手綱の凛々しげに

怪「前退(さきの)け前退け 前退けろ
山「お月様幾つ⑯
怪「十三七つ
山「お供は幾つ
斧「八十八つ
山「本に其れや若いなァ

母の胎内蹴破って 産所も産湯も山なれば 取り上げお婆に事をかき 産湯の代りに四方の赤⑰ 浴びせられたか何処も彼も 真っ赤に成って北嵯峨の 踊り口説きは

斧「何と言うた

己が在所はナ 奥山の出落(ててうち)の でんぐりでんぐり栗の木の 木の根を枕に御座れ抱いて 転び寝

怪「母様 乳飲まう

乳飲みたいお足摩(あしず)りは 頑是無き児の習ひかや

山「是はしたり どうしたもの サァサァ是から又 いつもの山巡りの話をして 聞かせませうぞや

斧「何 山巡りの話 これや面白からうわえ
山「マ何のいなァ 昔語りも恥ずかしい 有りし姿も何処へやら 無明の瀧⑱に髪洗ひ 若葉を見ては春を知り 妻恋ふ鹿の音を聞いて 秋と思うて深山路を 朝々(あしたあした)の山巡り

よし足曳(あしびき)の山巡り 四季の眺めも種々(いろいろ)に 浮き立つ空の彌生山(やよいやま) 桃が笑へば櫻がひぞる 柳は風の大様に 誰を待つやら小手招く 霞の帯の辛気(しんき)⑲らし 締めて手と手の盆踊り 七個の池⑳に移り気の 恨み過ごしの梶の葉㉑は 露の玉章(たまづさ)落初めて 焦がれて濡らす袖の梅 つい騙されて室咲きの 梅の暦㉒も逸早(いちはや)く 門に松立ちゃナンナ対雛(つゐひな)も 出るかと思へば沓手鳥(ほととぎす) 菖蒲(あやめ)葺(ふ)く間に盆の月 待宵過ぎて菊の宴 早祝ひ月里神楽 本に本に忙(せは)しき憂世も我も 白露積る㉓山巡り 山巡り

斧「ホホウ 此の程より意(こころ)を注(つ)けて窺う所 さては柔弱非力(にうじゃくひりき)を悔み 横死を遂げし坂田の蔵人(くらうど)が妻倅 此の山中に籠ると聞きしが もしや両人(ふたり)は

山「いかにも 其の坂田の家を興さんと 山神へ祈誓(きせい)を懸け 即ち設けし此の怪童
斧「さてこそ 我が推量に違わず 時行が妻倅よな さるにても 女に稀なる志 其の丹精に山神の加護 倅が勇力さぞ有らん 力の程が見たい見たい
怪「面白い面白い
山「コレコレ怪童 大事の所ぢゃ 負けまいぞ
怪「オオ 合点だ

神変不思議(しんぺんふしぎ)㉔の怪童丸 此方はあしらふ勇力士 怪童苛(いら)って傍(かたへ)なる 松を根こぎに引き抜いて ニッコと笑って立ったりしは 人も恐るるばかりなり

斧「フム 松の根こぎ面白い サァ打って来い怪童丸
怪「合点だ

打って懸れば身をかはし 透(すか)さず強気の力瘤 幹より腕の節榑(くれ)て しっかと掴めばメリメリメリ 曳(えん)や曳やと捻じ合ひしが 中よりフッフと捻じ切って 左右(さう)へ別れて立ったりしは 目覚ましかりける次第なり

斧「ホホウ 力の程は見えた見えた 今よりしては頼光公㉕の家臣と為(な)し 父が家名を其の儘に 坂田の フム 金時と名乗らせん 喜べ喜べ
山「ハハァ 有難や忝(かたじけな)や コリャ怪童 今日から坂田の金時と云ふ侍に成るのぢゃが 嬉しいかや
怪「そんなら己は 侍に成るのか 嬉しい嬉しい
山「さりながら 今別るれば此の母は もう遇ふ事はならぬぞや コレ怪童 此処へお出ゃ

夫の形見と見るに就け 其方の大事さ大切さ 今日別るれば今宵より 母独り寝の閨(ねや)㉖の内 さぞ俤(おもかげ)の懐かしかろ 頼光公へ御奉公 勤むる寸暇(ひま)の明け暮れに

山「武術を励み 立身せよ 必ず必ず人様に 山姥が子と笑はれな 今別るるとも此の母が 其方の影身に附き添うて 尚行く末を護るべし とは言ふものの是がマァ 名残惜しや愛おしやと抱き上げ 抱き付き思はず ワッと一声が 谺(こだま)に響きて哀れなり

山「斯くては果てじ怪童丸 お頼み申すは仕(つかへ)様 名残は尽きじ早お然(さ)らば

暇(いとま)申して還る山の 峰も梢(こずゑ)も白妙は㉗ 源氏の栄 尽きし無き 守る神垣(かみがき)は 妄執㉘の雲の塵(ちり)積って 山姥となれり 山又山に山巡りして 行方も知れず為(なり)にけり㉙

解説


①辺りの山が険しくそびえ立っている様。

②神奈川県にあり箱根山に連なっている。

③一人前の男子。立派な男子。作中では斧蔵(よきぞう)事「三田の仕(つかえ)」。源頼光からの使者。

④論語より。瓢箪に入った酒。

⑤木こり。源頼光からの使者。三田の仕が木こりの姿に返送している。

⑥星占いに現れる吉兆の星。斧蔵は頼光の命を受け頼もしい武士を捜していた。いよいよ目当ての候補の少年が現れる吉兆が星によって分かった。

⑦手に抱くの意。

⑧必定の人傑。

⑨以前は宮廷で美しい衣を着ていたが、今はみすぼらしく様を変えた事。

⑩木の葉を使って編んだ衣服。

⑪人や言わんを岩にかけたもの。

⑫ここでは世話の焼けるという意。

⑬旧暦11月。

⑭江戸時代の童謡。

⑮童謡。 参考:遊郭

⑯童謡。

⑰江戸時代に流行した酒。

⑱山中にある滝。 参考:仏教

⑲参考:遊郭

⑳陰暦の七夕に水に星の影を映す占い。

㉑七夕、梶の葉に歌を書いた。

㉒山中では梅の開花を見て春を知ったことから。

㉓山に積る雪と山姥の白髪をかけた。

㉔神通力をもって不思議な力がある事。

㉕源頼光。

㉖寝所。

㉗山に積った雪と源氏の旗(白色)にかけている。

㉘参考:仏教

㉙当時の歌舞伎ではこの後に平家方(平正盛)の使者(猪熊入道)が来て怪童丸を得ようとするが、斧蔵と共に怪童こと坂田金時が見事立ち振る舞って幕となった。