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「関の扉」

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あらすじ

上:宗貞(むねさだ)は雪の降る逢坂山の関所に庵を結び、崩御された主君仁明天皇の御愛樹である桜を植え関守の関兵衛(せきべえ)と共に弔って冬籠りしている。そこへ女(小町姫)が一人迷い着く。手形がなければ通す事は出来ないと突っぱねる関兵衛だが宗貞から咎められしぶしぶ質問に答えれば通す事にする。しばらく二人の問答があり、その後、宗貞と小町が恋仲だと早合点し邪魔はしないと関兵衛が熱燗を呑みに屋内に引く。あとに残った宗貞と小町は飛んできた鷹の咥えた白布で宗貞の弟「安貞(やすさだ)」の死を知り、地面から出た「大伴家の明鏡」、関兵衛が落とした「鏡山と書かれた割符」などから関兵衛がなにやらとても怪しい事に気が付く。そして、小町姫は主(小野篁)にその事を注進に走るのだった-。

生酔:宗貞は弟安貞の形見である血塗られた片袖を手にしながら、今は亡き弟に祈りを捧げている。そこに一杯機嫌で酔った関兵衛の気配がしたので傍に立てかけておいた箏の下に片袖をサッと隠す。小町はどこへ行ったのかと泥酔の関兵衛。宗貞は関兵衛が曲者と睨んでいたので、肩を貸すフリをして懐に手を入れる。しかし、防がれてしまい胸にモヤモヤしたものを抱えたまま床へ入る。飲み足りない関兵衛は一人外に出て杯中に映った星を見て期が熟したと悟る。実は関兵衛こそ、この齢三百年の老桜を切って護摩木(一種のお守り)として、王家転覆を謀り天下征服を目論む悪党大伴黒主(おおとものくろぬし)だったのだ。「生酔」は下の巻の冒頭部分だが独立して演奏されることが多い。

下:桜を切り倒そうと斧を振り上げた関兵衛の前にゆらりと現れた女の人影。訝しがる関兵衛に、私は京都伏見撞木町の傾城太夫「墨染(すみぞめ)」で愛しい貴方の為に雪山を遥々来たと話す女。廓遊びをした事がないという関兵衛に墨染は身振り手振りで話して聞かせる。廓遊びを真似てしばらく興に入る関兵衛と墨染。そんな最中、関兵衛が落とした片袖を見て泣出す墨染。実は彼女は喜怒哀楽愛悪慾の七つの情けを受けて具現化した老桜「小町桜(墨染桜)の精」で、人である傾城「墨染」に具現化した際に安貞と恋仲にあり、恋人を手にかけた大伴黒主に復讐するために現れたのだった。互いの本性を知り激しく戦う二人。身の丈もある斧を大伴黒主は振り回すが、自由自在に桜吹雪に変貌する小町桜の精には無意味であった。

宗貞は「僧正遍照」の前名、そして「小野小町」「大友黒主」という六歌仙の三名を登場させた色彩音楽の美に富んだ幻想作品であり、劇神仙と謳われる宝田寿来による詞章、重厚な節付、絶妙な三味線の手付から常磐津屈指の名曲とされる時代物の大作である。

詞章


<下>
幻か深雪に積る桜影 実に朝(あした)には雲となり 夕べには又雨となる 巫山(ふざん)①の昔目の当たり 墨染が立姿 仇し仇なる名にこそ立てれ 花の蕾の幼(いとけな)き 禿立ち②から曲輪(くるわ)③の里へ 根こじて植えて春毎に 盛りの色を山風が 来ては寝よとのかねごとも 泊定めぬ④泡沫の⑤ 水に散りしく流れの身 関守は心付き 

関「ヤァ何所(いずく)ともなく見慣れぬ女 此の山陰の関の扉へは 何時の間に何所から来た 
墨「あい私ゃアノ撞木町⑥から来やんした
「ムゥ何為に来た「逢いたさに「それや誰に「此方さんに
関「何己にそれや何故
墨「情人⑦に成って下さんせ
関「エエ何がどうしたと
墨「サァ恥ずかしい事ながら 私や見ぬ恋に憧れて 雪をも厭(いと)わず遥々とここまで来たほどに どうぞ色好(よ)い返事をして下さんせ
関「是や有難えと言ひてえが どうも合点が行かぬわえ
墨「お前もマァ疑深い 其所(そこ)が歌にも言える 桜咲く桜の山の桜花
関「咲く桜あり散る桜あり
墨「思ひ思ひの人心ぢゃわいなァ
関「然う聞けば有り想な事 時に太夫さん⑧お前のお名はえ
墨「あい墨染と言ひやんす 「何墨染 あの桜の名も元は墨染 「エエ
関「はて好えお名でござりますのゥ それは兎もあれ 終に己はマァ廓通いをした事がねえが 曲輪の駆引き
墨「馴染の仕こなし間夫狂ひ実と 「嘘との 「手管の諸分け
関「裏茶屋入りの魂胆まで 
墨「そんなら此処で話そかえ

往くも還るも忍の乱れ 限り知られぬ我が思ひ 月夜も闇も此の里へ 忍び頭巾⑨で格子先 行きつ戻りつ立ち尽くす 向うへ照らす提燈(ちょうちん)の 紋ナ菊蝶丁度良い 首尾と思へど遣手⑩が見る目 「待ったぞや 「オォ好う来なんした 
逢ひたかったも目で知らせ 暖簾(のれん)潜りて入る後を 残り多げに差覗き 「アァさて待たせるぞ待たせるぞと 独り呟く程もなく 籬(まがき)⑪の内より小手招き ふわッと着せたる裲襠(うちかけ)⑫の 裾に隠れて長廊下 毒蛇の口を遁れし心地 ほッと一息吐く鐘も 引け四つ⑬過ぎて閨の内⑭

関「ャまだ此の移香の冷めぬのは 先刻(さっき)に帰った客 でもよもやあるめえ ャ是や他に出来たわえ 何所の何奴か知らねども お歳が若うて好え男で 伽羅(きゃら)⑮もたんとご所持なされた色男さまと しっぽりとお契りなされたでござりましょうノ ええ腹の立つ 
墨「ホホホホホ 是や可笑しい覚えも無い事言懸けて 口舌(くぜつ)⑯の種にさんすのかえ エエ憎らしい とふっつり抓(つ)めれば
関「ァ痛痛痛ァ エエ痛えわい アァこんな所に居やうより ドレ帰りましょ帰りましょ 「アコレ

往なうやれ 我が故郷へ帰ろやれ 立舞ふ内に落ちたる袖 是はと墨染取上げて 抱きしめつ身に添へつ 床しき夫(つま)の形見やと 人目も恥ぢず泣きければ

関「ヤァ其方は何を泣くのぢゃ
墨「サァ是はオオソレソレ 此の片袖は余所(よそ)の女中さんから書いて遣(よこ)さしゃんした起請(きしょう)⑰ぢゃのゥ 「イヤ其や片袖だ 「イエイエ起請で ござんせう 「オオ成程起請ぢゃ 「エエお前はナ

これ此様に初めから起請誓紙を取り交わし 深いお方が有りながら 隠して置いて又私に色で逢ふとは能(よう)も善(よ)う 欺(だま)さんしたが憎らしい 然とも知らず慕ひ来て 見れば儚や片袖の 血潮の文字は亡き後の 形見と思へばいとど尚 コレ 懐かしい悲しいと言葉に色は含めども 心の剣⑱穂に顕(あらわ)れ立寄る女を ハッタと睨付け

関「ヤァ最前よりこの片袖に心を懸くる妖しき女 様子を明かせ 何と何と
墨「オォ この片袖は夫(おっと)の血潮 それのみならず最前 我が業通⑲にて手に入れし勘合の印を所持なすからは様子があろう 本名明かせ ササ何とぢゃ
関「斯成る上は何をか包まん我こそは 中納言家持が嫡孫 天下を望む大伴黒主とは麿(まろ)が事だわやィ 「さてこそナ 「我に怨みを為さんとする抑先(そもまず)汝は何者ぢゃェ 

喃(のう) 去りし怨みのあればこそ抑(そも)人間の形受けて⑳ 女子とは見すれども 小町桜の精魂なり

墨「我は非情の桜木も 人界㉑の性を受くれば 七つの情㉒も備わって五位之介安貞殿に 契りし事も情けなや

不慮の矢傷㉓に玉の緒も 絶ゆるばかりの折も折 御兄君の身に替り 敢(あへ)無く此の世を去り給ふ 夫(つま)の形見の片袖に 引かれ寄る身は影らふ姿 我が本性の桜木を 邪険の斧にかかりしぞや 報いの程を思い知れと 有り合う桜を呵責の笞㉔ ハッタと睨む有様を ヤァ小癪なと無二無三 斧取直して打懸くれど 凡人ならぬ精霊の 業通自在の身も軽くひらり ひらひらひら 飛交う姿は吹雪の桜 霞隠れや朧夜の 水の月影 手にも取られず 見えみ見えずみ㉕又現れて 今ぞ即ち人界の 輪廻を離れ㉖根に還る㉗ しるしを見よと言ふ声ばかり 形は消えて桜木に 春も斯くやと返り花㉘ 雪を踏分け踏しだき 水に戻れば墨染の 小町桜と世に廣(ひろ)き普く 筆に書き残す

解説


<下>
①中国四川省東部の県。揚子江(ようすこう)と大寧(だいねい)河の合流点にある。ウーシャン。

②参考:遊郭

③曲輪=廓(くるわ)

④遊女が水辺に舟をつけて客を待っていた。

⑤水の上の泡。人の世の儚い事を表している。

⑥京都伏見の里の廓。

⑦深い男女の間柄。

⑧太夫職は公に認められた遊女の最高位。官命。

⑨忍び歩きに用いる頭巾。

⑩参考:遊郭

⑪参考:遊郭

⑫着流しの重ね小袖の上に羽織って着る小袖。他の衣類の上に羽織る。

⑬江戸時代の時間の一つ。遊女が張見世を済ませて奥へ入る時。現在の午前零時。

⑭閨=寝室。寝床。

⑮参考:遊郭

⑯口舌=特に江戸時代における男女間の痴話喧嘩。口先だけの物言いである事が多い。

⑰起請誓紙(きしょうせいし)とも。遊女を身請けする事を約束した契約書の様なもの。

⑱心の剣=胸に抱いている復讐心。

⑲参考:仏教

⑳人間の姿になったこと。

㉑人界=人間界。

㉒喜怒哀楽愛悪慾の七つ。

㉓安貞が当たって没した矢傷。玉の緒=命

㉔参考:仏教

㉕見えたり見えなくなったりすること。

㉖参考:仏教

㉗「本」に戻って「空」になること。

㉘冬に開花する事。