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「将門・滝夜叉」

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あらすじ

大宅太郎光圀(おおやのたろうみつくに)という武勇誉れ高い武士が、民に頼まれ将門山に棲む妖怪を退治しにくる。光圀は朽ち果てんばかりの古屋敷に目をつけると少しまどろみながら妖怪が来るのを待つ。そこへ島原の傾城「如月(きさらぎ))」と名乗る女が現れる。嵐山で一目惚れして以来慕い続け、ようやく出逢えた言う彼女を光圀は初めから信用せず、自分は戦ばかりに明け暮れていたから、と平将門を討ち取った時の武勇伝を語って聞かせる。如月は話を聞くうちに無念だと歯を食いしばりながら泣き始める。将門の最期を聞いて泣くなどおかしいと詰め寄る光圀、愛しい貴方といつか別れるのが辛いから泣いたのです、と廓の情事の別れ際にかこつけて説明する如月。しかし、彼女は隠し持った将門由来の「錦の御旗」を落としてしまった。光圀は見抜いていた。彼女こそ唐国に渡り蝦蟇の妖術を覚え復讐を目論む平将門の遺児「滝夜叉姫」その人であったのだ。

火を噴きながら変化し妖術を駆使して襲い掛かる妖怪滝夜叉と、空中を飛び回りながら戦う光圀。芝居では姿を隠した滝夜叉が巨大な蝦蟇蛙(がまがえる)に変身して光圀を飲み込もうと屋根に上り、その重圧で古屋敷が崩壊するという「屋台崩し」と呼ばれる演出がある。

詞章

夫(そ)れ 五行志①にありと言ふ 彼(か)の紹興(しょうこう)の十四年② 楽平懸(らくへいけん)なる湧泉(ゆうせん)の 昔を此処に湖の 水気さかんに浩々(こうこう)と 澄めるは昇る天津空(あまつそら)③ 雨も頻りと古御所に 解語(かいご)の花④の立ち姿
恋は曲者(くせもの)⑤世の人の 迷いの渕瀬(ふちせ)⑥気の毒の 山より落つる流れの身 浮音(うきね)の琴のそれならで 夫妻(つま)呼び交はす雁音(かりがね)⑦の その玉章(づさ)⑨を斯くばかり 色に手練(てだれ)⑨の傾城⑩も 焦るる人に逢い見ての 後の思ひに較(くら)ぶ山 忍ぶ涙の春雨を 傘に凌いで来りける 大宅の太郎⑪は目を覚まし 

光「将門山の古御所⑫に 妖怪変化棲所(すみか)を求め 人倫(じんりん)⑬を悩ます由 頼信公の仰せを受けし光圀が 暫しまどろむ其の内に 見馴れぬ座敷の此の体(てい)は 正しく変化の所為なるか 
滝「申し申し光圀様 「扨てこそ変化ござんなれ 出で

正体をと立寄る光圀 女は慌て押留め

滝「ァ申し 様子言わねばお前の疑ひ 私ャ都の島原⑮で 如月と言ふ傾城でござんすわいなァ 
光「ヤァ心得難き其の一言 波濤(はたう)を隔てし⑯この国へ 傾城遊女の身を以って 来り住むべきいはれ無し よし又都の遊女にもせよ 終(つひ)に見もせぬその方が 何ゆえ我を と不審の言葉
滝「サァ お尋ねなくともお前の胸 晴らすは過ぎし春の頃 「何と 「ァモシ

嵯峨や御室(おむろ)の花盛り 浮気な蝶も色稼ぐ 廓の者に連れられて 外(そと)珍しき嵐山⑰ ソレ覚えてか君様の 袴も春の朧染め おぼろ気ならぬ殿振を 見染て染めて羽束師(はづかし)の 森の下露思いは胸に 光圀様と言ふ事は 其の折知って明け暮れに 女子の念が今日の今 届いて嬉しいこの逢瀬 疑い晴らして下さんせ やいのやいのと取りすがり 赤らむ顔の袖屏風⑱ 光圀わざと打解けて

光「いか様 切なる御事が心底 然程に思ふ愛情を 捨つるは却って本意ならず 疑念ナさっぱり晴れたれども 武辺修行の我が身の上 望みを果たさば兎も角も 其につけても古の 東内裏⑲の荘厳(そうごん)⑳を 想ひ出だせば オォそれよ

扨(さ)ても相馬の将門は 威勢のあまり謀反と共 企て並べし大内裏(だいだいり) 驕奢(きょうしゃ)の振舞ひ都に聞こえ 朝敵㉑討っての三大将㉒ 頃は二月の百千鳥(ももちどり) 真先駆けて押寄する 数度(すど)の戦も辛島㉓に 集まり勢㉔の悲しさは 風に残んの雪傾れ むらむらパッと吹き散ったり 平親王㉕が最期の一戦 見よや見よやの夕月の鹿毛(かげ)なる駒に討ち乗って 向ふ者をば拝み打ち㉖ 立割㉖ほろ付け㉖車斬り㉖ かくと見るより常平太(じょうへいた)㉗が 放つ矢先に将門は こめかみの深に射徹され 馬よりどうとあえなき落命 寄せては勇む勝鬨(かちどき)㉘と 今見る如く物語る 思へば無念と如月が 歯を食いしばる忍び泣き さこそと光圀 詰め寄って

光「合点の行かぬ女が振舞い 今合戦の様子を聞き 頻りに催す落涙は 

と見咎められて 逸(そ)らさぬ顔

滝「ホホ ホホホホ 何の私が泣く者で 泣いたと言ふは オオソレソレ 可愛男に別れの鶏鐘(とりかね) 後朝(きぬぎぬ)告ぐる朝雀(あさすずめ)㉙ 雀が啼いたと言ふ事


ほのぼのと雀囀る奥座敷 燈火(ともしび)滅(しめ)す男ども 屏風一重の其方(そなた)には 未だ睦言(むつごと)の聞こゆれど 我は見足らぬ夢を裂き 早後朝と引締める 帯隠さるる戯れも 憎うはあらぬ移香りに 又盃の数振れて 三の切れたる三味線も 弾かるる程は弾いて見ん 仇し仇なる仇枕 交わさぬ前(さき)もあるものを 往なば往なんせよしや只 独り憂き身を数え唄 廓(さと)の手管に紛らかす 勢(はずみ)に落とせし錦の御旗㉚

光「コリャ是確かに 「イヤ其れは 「ソレ 「ソレソレソレ其処でせい

一つ一夜(ひとよ)の契りさへ 二つ枕の許し無き 三つ三重四重(みえよえ)廻り気は 何時まで解かぬ常陸帯(ひたちおび) 六つ酷いと思ひはせいで 七つの鐘㉛の恨めしや艶めかし

光「扨(さ)てこそ扨てこそ 相馬錦のこの旗を 所持なすからは問ふに及ばず 将門が忘れ形見 滝夜叉姫であらうがナ
滝「イィヤ知らぬ覚えはないぞ 
光「ヤァ覚えないとは卑怯の一言 肉芝仙(にくしせん)㉜より伝はりし 蝦蟇(がま)の妖術習ひ覚え この古御所に隠れ棲むこと 叡聞(えいぶん)㉝に達せし上は 最早(もはや)遁(のが)れぬ御事が身の上 本名名乗って降参なせ
滝「チェエ残念や口惜しや 斯くなる上は何をか包まん我こそは 平親王将門が娘 滝夜叉なるわ
光「扨てこそナ
滝「一(ひと)器量ある汝ゆゑ 命を助け味方にと 思う心が仇となり 見現されし上からは 習ひ覚えし妖術にて 光圀そちが命を断つ 覚悟なせ
光「何を小癪な

怒れる面色(めんしょく)忽(たちま)ちに 柳眉(りゅうび)㉞逆立ちつく息は 炎となって熖々(えんえん)たる 妖術魔術の業通(ごうつう)に流石の勇者もたぢたぢたぢ 梢木の葉もさらさらさら 魔風と共に光圀が 襟髪掴んで宙宇(ちゅうう)の争い㉟ 怪し恐ろし世に唄ふ 時を絵本の忠義伝 歌舞伎に残す物語 拙き筆に書き納む

解説

①中国の明の時代、天、地、人、物、事の五部門に分けて諸種の事項を記した「五雑爼」という書。

②紹興=中国の浙江省北部にある地名。十四年=1144年。

③天上の世界。

④美人をさしていう言葉。

⑤普通とは違う姿をしたもの。不思議なもの。化け物。

⑥変わりやすい事。世の変転。

⑦雁の鳴き声。

⑧便り・手紙。

⑨熟練した

⑩参考:遊郭

⑪大宅光雅の息子。

⑫下総に築いた将門の邸宅が滅亡後に古く朽ち果てたもの。

⑬人間の意。

⑭清和源氏の曾孫、多田光中の四男。長男源頼光のあとを継ぎ鎮守府将軍となった源頼信。

⑮参考:遊郭

⑯遥々の意。

⑰遊女は廓の外に出られない身分。 参考:遊郭

⑱赤面した顔を袖で隠す事。

⑲将門が朝廷を真似て関東につくった宮殿。

⑳構えの美しく立派な事。

㉑朝廷に背いた将門の事。

㉒平貞盛・俵藤太・藤原忠文の三人。

㉓辛島=猿島

㉔寄せ集めの軍勢。

㉕将門が自身を讃えた自称。

㉖いずれも剣法の術語。

㉗平貞盛の事。

㉘中世の戦などの勝負事で勝ちを収めたときに挙げる「鬨(とき)の声(士気を高める目的で多数の人が一緒に叫ぶ声)」。勝利後国に帰還する際歌われる凱歌(がいか)とは意味合いが異なる。

㉙恋仲男女の朝の別れ。

㉚自分こそが親王だと朝廷を真似て将門が掲げた旗(=相馬錦)。錦は天皇の証。

㉛明け七つ。今でいう午前4時。

㉜唐の仙人。

㉝天子(中国や日本における君主の称号。天下を治める者)のお耳に入ったこと。

㉞美女の眉の優しく美しい事。

㉟滝夜叉が妖術を駆使して光圀を宙に持ち上げ攻撃するのを防ぎながら争った攻防戦。