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「吉田屋・夕霧」

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あらすじ

藤屋の若旦那「伊左衛門(いざえもん)」は、扇屋の「夕霧(ゆうぎり)」に通い詰めたため勘当されていた。正月支度の師走餅つきの日、彼は夕霧を探し求め大阪の廓「新町」にある「吉田屋」に紙衣(紙でできた粗末な着物)で身をやつした哀れな姿で訪れた。しかし、吉田屋に移転していた夕霧はというと死に懸るほどの大病を患っていた。

吉田屋店主「喜左衛門(きざえもん)」の計らいで、他の若侍の相手をしていた夕霧とようやく逢うことが出来た伊左衛門。しかし、夕霧が来るのが遅いと散々に悪態をつき彼女に八つ当たしてしまう。二年近く患った大病を煎薬、練薬、針や按摩で命をつなぎ、ようやく愛しい伊左衛門に再会することが出来たというのに、甘えさせてくれるばかりか踏んだり叩いたりされて辛いと声をあげ涙する夕霧。伊左衛門は若侍が愛しの夕霧を我物面で相手をさせているのに嫉妬してしまった、と夕霧に詫びる。

そんな折、喜左衛門が座敷に急いで駆け込んできた。それは伊左衛門の勘当が解かれて、夕霧の身受けも許されたという吉報だった。お正月らしい縁起の良いハッピーエンドとなっている。

※原作は非常に長いため現在では内容を守りつつ省略されて演奏されている(全詞章は常磐津定本に在り)。

詞章


冬編笠(ふゆあみがさ)の赤張りて 紙衣(かみこ)①の火打ち膝の皿 風吹き凌ぐ忍ぶ草 忍ぶとすれど往時(いにしへ)の 花は嵐の頤(おとがひ)②に 今日の寒さを喰いしばる はみ出し鍔(つば)③もかみさびて 鐺(こじり)④詰りし師走の果て 胡散らしく吉田屋の内を覗いて

伊「喜左衛門 宿に居るか 喜左 喜左

と鼻に扇の横柄なり 男共口々に

男「ャ何者ぢゃ 風の神か 鳥威(とりをどし)の様な状(ざま)で何ぢゃ 喜左衛門に逢はう ハハハハ 百貫目も使ふお大盡(だいじん)⑥の言ふやうな 阿呆らしい棒まかされな

と言ひければ

伊「オオ百貫目 それ程貴い物でも無い 喜左衛門と言ふべき者で言ふ程に 然(さ)りとては 逢はせてくれい
男「ドリャ 逢はせてくれう ャこんな目に遭はせてくれう 

と竹箒(たけぼうき)持ってかかるを 喜左衛門立出で

喜「ヤレ待て待て もし強請者(ねだりもの)⑧かも知れぬ 粗相をすな と押し止め
喜「ハァ 喜左衛門に逢はうと仰るは誰方(どなた)でござります 誰方でござる

と笠を覗いて

伊「何と喜左 懐かしさに逢いに来ました
喜「さて御久しや御珍しや 京大佛の馬町に 御遍塞(ごひっそく)⑨と承り 夕霧様よりは数通(すつう)の御状 飛脚も二三度奈良大津まで 尋ねさせ只今御噂 先ず御馴染の小座敷で二年積る御物語 いざ御通り と袖を引けば
伊「あゝコレコレ喜左 さりとては 紙衣触りが荒い荒い

引けば破るる 掴めば後に師走浪人 昔は槍が迎えに出る⑩ 今は漸う長刀の⑪ 草履を脱いで編み笠の 中の座敷へ通りける

伊「あゝ人の行末と水の流れ 昨日に変わる我が姿 変わらぬ里の騒ぎぢゃなァ

可愛男に逢坂の 関⑫より辛い世の習い

伊「あゝ弾くわ弾くわ あの唄で想い出す去年(こぞ)の観月(つきみ)⑬は世に昔 大夫と私が連れ弾きに 弾いた時の面白さ 弾く其の主は変わらねど 変わり果てたは彼奴(あいつ)が胸 マああした心であらうとは

思はぬ人に堰(せき)止められ 今は野澤の一つ水

伊「あゝいか様 さうぢゃなァ 恋も情けも世に在る時 人の心は飛鳥川⑭ 変はる勤めの習ひぢゃもの 変はらいで何とせう あゝイヤイヤ もう逢はずに帰りませう帰りませう とは言ふものの 喜左衛門夫婦の志 逢はずに往んでは此の胸が

澄まぬ心の中にも寸時(しばし) 澄むは由縁(ゆかり)の月の影
無残やな夕霧は 流れの昔懐かしき 飛び立つ心奥の間の 首尾は朽ちせぬ縁と縁 胸と心の相の山 旦暮(あけく)れ恋しい夫の顔 見るに嬉しく走り寄り 我が身を横に打掛の 引纏(ひきまと)ひ寄せ とんと寝て抱き 締め抱き寄せ泣きけるが

夕「ノウ 伊左衛門様 伊左衛門様 目を覚まして下さんせ 私ゃ煩うてな

疾(と)うに死ぬる筈なれど 今日まで命存(ながら)へたは 神佛の控へ綱 コレ懐かしうはないかいノ 顔が見たうはないかいノ

と揺り起こし抱き起こせば 取って突き退け

伊「夕霧殿とやら 夕飯殿とやら 節季師走(せっきしはす)に 此方の様に暇ではござらぬ 七百貫目の借銭⑬負うて 夜昼稼ぐ伊左衛門 此の様な時寝ねば寝られぬ 邪魔なされな惚嫁殿(そうかどの)

とコロリとこけて空鼾(そらいびき)

夕「フム これやお前 機嫌が悪いな 身に覚えは無けれども 恨みがあらば聞きませう イヤイヤ もう寝させはせぬ と引き起こす
伊「ャこれや 何とする イヤあんまり 茶々無茶苦茶(ちゃちゃもちゃくちゃ)にして貰ふまいぞえ 此の体になったれど 藤屋の伊左衛門ぢゃ 今の如く奥座敷の侍に 其の様に 踏まれたり蹴られたりする女郎に 近付きは持たぬ アノ此処な萬歳⑮傾城

萬歳ならば春お出や 通りゃと言ひければ

夕「オオ 此の夕霧を萬歳とは⑯
伊「オオ 萬歳傾城の因縁知らずか 知らずば言うて聞かさう 侍の足に掛けて蹴らるるを 萬歳傾城と云ふぞや

まことに目出度う侍ける

伊「しかも足駄穿(は)いて蹴るやら

年立ち還る足駄にて まことに目出度う侍ける

伊「何と聞こえたか 傾城⑰の心の底と 猫の鼻は冷たい物と 世間の譬(たと)へ 汝(おのれ)が様な四つ足には いっそ何も言はぬのが

徳若に御萬歳や 身受けも納まりましんまして まことに目出度う侍ける

伊「時分柄 何も見過ぎ あの様なよい客に蹴られても損は行かぬ 慾(よく)を知らねば身が立たぬ

慾若に御萬歳や 年立ち還る足駄にて まことに目出度う侍ける

伊「町人も蹴る 伊左衛門も蹴る 蹴る蹴る 蹴る蹴る蹴る と蹴散らかし コレ喜左 萬歳が来た程に 餅なと米なと遣って 早う此の場を往(いな)しゃいノウと

烟草(たばこ)引き寄せ吹く烟管(きせる)の さあらぬ体にて居たりける

夕霧涙諸共に 怨みられたりかこつのは 情事(いろ)の習ひと言ひながら其れは浮気な水浅黄(みづあさぎ) 逢ひ初めた其の日から こんな縁が唐にもあろか 派手な浮名が嬉しうて 人の誹(そし)りも世の義理も 白紙(しらがみ)に書く文の伝(つて) 返事取る手も心急き

恋には義理のあるものを 去年の暮れから全(まる)一年 二年越しに音信(おとづれ)なく 其れは幾瀬の物案じ それ故に此の病 痩せ衰えたが目に見えぬか 煎薬と練薬と針と按摩で漸うと 命繋いで偶(たまさか)に 逢うて此方(こな)んに甘やうと 思ふ所を逆様な コリャ酷らしいどうぞいの 私が心が変わったら 踏んでばかり置かんすか 叩いてばかり置かんすか コレ 死に懸って居る夕霧ぢゃ 笑顔見せて下さんせ 心強や胴慾な 憎やと膝に引き寄せて 摩ッつ泣いつ声を揚げ 訳も性根も無かりけり

伊左衛門 涙に暮れ

伊「あゝ誤った誤った 他にさして恨みは無けれども 命に替ぬ大切(だいじ)の女房 奥座敷の侍が我が物面が ムッとして思はぬ腹立ち 堪えへてたも我とても 憂き身の体 真の正体見給へ

と小袖グルリと脱ぎければ 肌に袷(あはせ)⑱の継ぎ紙衣 四十八枚弥陀(みだ)の願⑳ 果ては平等施一切胴ぶるいするぞ哀れなる 斯かる所へ喜左衛門懸け出で

喜「申し申し 伊左衛門様 只今お宿より御人が参り 御勘当も許しまする 里の御子息様も 母屋へ御引取り遊ばし 夕霧様の御身受けも サラリッと埒が明きました 此の上は大夫様の御気色ばかり 是も喜左衛門が精力(せいりき)⑳で 本復㉑させて上げませうと

家内が勇む勢いに 連れて浮き立つ伊左衛門 悦びの眉を開くや扇屋夕霧 名を万代の春の花 見る人袖をぞ列(つら)ねける

解説


①紙で作ったみすぼらしい着物。実際は、風を通す麻や綿絹などと違い繊維が詰まった紙は暖かいという。

②下あご。転じて減らず口の事。減らず口を叩くこと。

③刀剣の柄(つか)と刀身との境に挟んで柄を握る手を防御するもの。

④鐺(刀剣の鞘の末端の部分にはめる飾り金物)が詰まる=鐺が詰まると刀の抜き差しがならなくなるところから借金の払いができず動きがとれなくなる事。

⑤農作物を荒らす鳥をおどして追い払うためのしかけ。案山子・鳴子など。

⑥お金をふんだんに持っている人。

⑦100貫=375㎏

⑧物をねだる人。言いがかりをつけてゆする人。ねだりもの。

⑨わびしく暮らす事。

⑩浪人をする以前は武家だったので槍長刀の共揃いがあったこと。

⑪草履が古くなり長刀の様に反ってしまったこと。

⑫男に逢うと逢坂の関をかけたもの。

⑬去年の月見。

⑭古今和歌集より。

⑮シテである太夫と鼓打ちの才蔵との大道芸人。江戸では「三河万歳」、京阪では「大和萬歳」と対比される。伊左衛門が夕霧を罵った言葉。

⑯夕霧は寛永年間の三名妓に数えられる太夫なので「この夕霧を~」となる。 参考:遊郭

⑰参考:遊郭

⑱裏地をつけて仕立てた着物。秋から春先にかけて用いる。

⑲阿弥陀仏が法蔵菩薩のときに立てた48の誓願である「四十八願(浄土教の根本経典『仏説無量寿経』が仏に成るための修行に先立って立てた48の願のこと)」。

⑳物事に力を 尽くすこと。尽力。骨折り。

㉑病気が全快すること。