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「油屋・縁切」

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あらすじ

上:酒宴
福岡貢(ふくおかみつぎ)は恩を受けた主君今田万次郎の為に名刀青江下坂(あおえしもさか)を探していたが、ようやく手に入れ万次郎に渡すために伊勢の廓「油屋」に来ている。一方、御家転覆を図る徳島岩次(とくしまいわじ)も、貢同様に青江下坂を探していたが彼が手に入れたのは刀の折紙(鑑定書)。折紙なくしては如何なる名刀もナマクラである。岩次の配下は油屋の遣手婆「万野(まんの)」と共に、貢の青江下坂を奪おうとする。

下:縁切
嫌々ながらも岩次の座敷を勤めるお紺。ずっと執心していたお紺がようやく自分になびいたと猫にマタタビを振りかけたように酔う岩次。お紺は愛する貢の為にわざと愛想尽かしをして岩次に鞍替えしたように見せ岩次の折紙を狙う。衆前で恥をかかされたと憤る貢。何よりもお紺を愛し信用して全てを話した自分の愚かさが悔しかった。貢は捨て台詞を吐き酒宴の座敷を後にする。許嫁のいる貢を慕うお紺の迫真の演技が見どころである。

下:十人斬
青江下坂を入れ替えられ奪い取られた事に気が付き油屋へと戻る貢。実は油屋の料理人の喜助(かつての貢の部下)が機転を利かせて、万野達が入れ替えた刀身を更に入れ替えていたのだが、貢はその喜助さえもグルで「皆に騙された」と、もはや理性では抑えきれないほど憤慨している。万野は喜助の仕業に気が付き、ちょうど戻ってきた貢から下坂を再び手に入れようとする。弾みで鞘が割れ、その拍子に青江下坂の刃が万野の片腕を切り落としてしまう。妖刀の成せる業か貢はそのまま次々に先ほど自分を馬鹿にしコケにした、北六、お鹿、丈八、そして最後に岩次を切り伏せる。そこに喜助、お紺が現れて真相を話す。お紺が岩次から手に入れた折紙も手に入り、ようやく念願の「青江下坂」と「折紙」両方が手に入り目出度く幕となる。

歌舞伎芝居「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」の常磐津による素浄瑠璃作品。世話物の名曲の一つである。

詞章


<縁切>
人や知らじと思へども 始終の体を立聞く喜助 此の様な事も有ろうかと

喜「蔭ながら気を付ける己が目を抜き あの下坂を仕て遣ろうとは ヘヘ ハハハハ 滅多に其の手で行くものかえ① 此の喜助の料理塩梅② 仕上げを見せてくれやうと

胸に納めて入にける 辛い勤めも取り分けて 辛気辛苦③の無理酒を 過ごす心の乱れ足

紺「岩治さん 岩治さんは何処にぢゃえ
岩「オオ 此処に居る

と立出づる 顔打ち守り

紺「何をそはそはしてござんすえ
岩「何の身共がそはつくものか
紺「でも 私一人座敷へ置いて 何をしてござんしたえ
岩「エエ
紺「此の間から左(と)や右(か)うとは言はんした事 あれや嘘でござんすな
岩「何の何の 弄(なぶ)るなどとは勿体無い 属根(ぞっこん)頸丈(くびたけ)惚れ込んだ此の岩治 お伊勢様④を誓いに立て 中々以って 嘘偽りじゃ無いわいやい
紺「それが定(ぢゃう)なら嬉しい

と膝にもたるる酒の科(とが) 徳島はグニャグニャグニャ 猫に木天蓼(またたび)振りかけた

岩「ャ 好(よ)うマァ 得心してくれたな イヤ然(しか)し 大分(だいぶ)酒に酔うた様子 醒めての上の御分別で打って変わらう

手管⑤か知れぬ 是や嘘らしいと裏問えば 奥より萬野立出でて

萬「何の嘘言うてよいものか
北「証拠人は北六
萬「萬野 用意がよくば早是への

言葉に仲居末社共

萬「千辛萬苦(せんしんばんく)⑥の思いを晴らさせ奉る
仲「サァサァ 御祝言目出度い

と雌蝶雄蝶(めてふおてふ)⑧に盃を 今宵ぞ壽留女喜昆布(するめよろこんぶ)

萬「サァサァ申し お紺さんえ 岩治さんと固めの盃 色直しは直ぐにお床入

治郎「媒酌(なかうど)役は北六様
萬「嫁君から飲んで花婿へ 差し給へ

萬野が立って盃を お紺にサァと差し付けるを 立てし起請⑧の手前さへ 取り上げ兼ねるを心に詫び 思い切って手に持てば 萬野が浪々注ぐ酒に 窺ふ貢が走せ寄って お紺が盃引っ手繰り

貢「イヤ お紺 おのれ此の盃しちゃ済むまいがや

と落花微塵(らっかみじん)⑨に擲(なげう)ったり あはやと満座も見合わす顔 お紺はにっこり

紺「ホホホホ 誰かと思へば貢さん お客と盃するがマ何故に済まぬえ
貢「オオ 一通りの盃なら格別 其の客と一生の固め祝言のと 改まった此の場の盃 コリャお紺 汝(わがみ)其れぢゃ済むまいがな

是まで長の歳月を 言ひ交わした事頼んだ事 忘れしものか 汝(おのれ)はなァ もう了簡がと立懸るを 岩治が引き退け尖り声

岩「ヤイヤイ 身が揚げ詰めの女郎へ対し 無礼な奴 汝(うぬ)どうしてくれん

と立懸るを

萬「あゝコレマァマァ 待って と萬野が押し止め
萬「これいなァ貢さん お前はマァ此方(こち)の家へ 誰が許して御座んしたえ
貢「ヤァ 誰がとは最前お主に
萬「エエもうじゃらじゃらと何を言うてぢゃいなァ 私ゃ知らぬぞえ知らぬぞえ お前のやうな油蟲客(あぶらむしきゃく)⑩は 顔見るも胸が悪い ハイ縁起が悪い チャッとお帰り これいなァ貢さん 往んで貰ひませう

と言へば 尚更ぐっと急き立ち

貢「コレ萬野 マァ味な事言ひ居るな 此の貢が何日(いつ)女郎の脂(あぶら)吸うた事がある サ それ聴かう
萬「オホホホホホ あのマァ白々しい顔はいな ャコレお紺さん 最前の文出して 見せて遣らんせ

と言ふに お紺が顔背け 投げ出す文を 其の儘取って読み取る文言(もんごん)

貢「フム 是ゃコレ 己(おれ)が名を騙り女郎のお鹿へ無心の状
萬「何と覚えが有ろうがの
貢「イイヤ 知らぬ是や偽筆 コレコレ好う物を積って見やいの 生薄(あたうす)穢(ぎたな)いあのお鹿 風俗と云い顔と云い 悉皆(しっかい)猿芝居のお染の様な 呆れて物が言はれぬ

と言うを 聴き附け走出るお鹿 貢が前へどっかりと 大臼形(だいうすなり)

鹿「申し申し貢さん 先刻(さっき)にから此の満座⑪の中で私の悪口 よう言うて下さんしたな それ程厭(いや)なら何故 此中から萬野を頼んで コレコレ この様な度々の無心状

金銭(いね)より大切(だいじ)な貢さん 初めは僅少(わず)か二分三分 貸して上げたも此方(こな)さんに 惚れた私の心から 鰻登りに登り詰め

鹿「コレ 此処に三両 彼処(かしこ)に五両

其の度ごとに身の周り 並大抵の事かいなァ 梅が枝もどきで居るものを みんな狸の嘘の皮

鹿「お猿芝居のお染とは

あんまり無情(つれな)い エエ 私ゃ立たぬ コレ立って給(た)べのほよほよほよほ よほェさんな 又 立とかいなァと武者降り附くを 突き退めし

貢「エエ まざまざしい其の妄言(たはごと) 身不肖(みふせう)なれども福岡貢 女郎を欺(だま)して金取ろうか エエ馬鹿な事をと睨み付け コレお紺 此のお鹿を呼んだのは 此の間から頼み置く ソレ彼(か)の事で其方にちょっと逢ひたさに 待ち合わせる内 酒の相手に誰なと呼ばにゃ座敷へ置かぬ と萬野が言ふゆゑ誰なりと 言えば図らず此のお鹿 ハハァ 拵(こしら)へ文の様子と云ひ 是や深い仔細が無けりゃ叶はぬ サ譯(わけ)はどうぢゃと詰め寄れば お紺はジロリと打ち見遣り

紺「オホホホホ お前から遣(おこ)さんした 内證の文⑫が私の手に入り 腹が立つのも道理(もっとも)でござんす コレ申し 貢さん

今更言ふも愚痴ながら広い伊勢路の此の遊里(さと)で 今日の今まで浮名立つ 両人(ふたり)が深い恋仲に

紺「斯うした事情(わけ)で 金が要ると明かして 言うて下さんしたら 何ぼ甲斐性無い私でも 三十や五十の金 萬更否(まんざらいな)とも言ふまいに 其の私を差し置いて さもしい僅かなあの金に モこんな多くの人中で恥辱(はぢ)かかせうと みすみす知れた

貢「エエ
紺「サ いえいなァ 拵え事ぢゃどうかうと 本の此の座の照れ隠し モ見下げ果てた貢さん 恋も色も褪(さ)め果てた

貢「エエ
紺「ササササ それぢゃに依(よ)って私ゃもう フッツリと思い切り岩治さんに靡(なび)く心中(こころ)でござんす マァさう思うて下さんせ

とけんもほろろに言い放す 貢は躍起と

貢「コリャやいお紺 汝(おのれ)やアノ 気が違ひはせぬかよ エエコレ そんな約束ぢゃ有るまいがな 流れの身にも誠意(まこと)有る女子(をなご)と思ひ うかうかと親の諌めや世の義理も 忘れて深く馴れ馴染み 起請誓紙(きしゃうせいし)⑬の其の上にも一大事 イヤサ 大切の事までも 打ち明し頼んだが口惜しい おのれは根性が腐ったか イヤサアノ 根性が
紺「ササササ 其の根性が腐りました アノ気も違うた 気も違はいでこんな事 サ其の私への未練を残さず モきりきり往んで下さんせと

口と心の裏表 顔色(いろ)にも出されぬ此の場の仕儀 血を吐く思ひぞ切なけれ 知らぬ貢は腹立ち涙 拳固(こぶし)を握る男泣き 傍から北六 高笑ひ

北六「アハハハハ アア種々(いろいろ)と珍しい事を聴くものだ
治郎「客が女郎を欺して取るとは
丈八「世に珍しい新版⑭だわえ
北六「是が本の伊勢ッ乞食⑮だ

御道者御道者(おんだうしゃおんだうしゃ)⑯徳島旦那はお大盡(だいじん) 糟禰冝(かすねぎ)貢は油蟲 さっさと掃き出せ さっさと掃き出せ

北「何だ何だ 何で白眼(にら)みさらすのぢゃ エエ いけどッ乞食の生盗人(いけぬすっと)め

と言へば 岩治もせせら笑ひ

岩「フフ ハハハハ 聞けば聞くほど戯(たは)けの限り お紺が心底聴く上は 今宵中に身請け⑰して 己が女房 ドレ 金の威光を見せてくれう

とお紺が膝を仮枕 脛(すね)踏(ふ)ん延ばして ムムムム 傍若無人
貢は歯噛み足摩(あしず)りして

貢「チェエ あの様は見下げ果てた畜生め とは云へ おのれに限って此の様な根性とは 知らなんだわえ

お紺が胸は尚百倍 張り裂くばかり塞苦(せぐる)しさ 血涙(なみだ)紛らす烟草(たばこ)さへ 暖簾(のれん)の陰に立ち聞く喜助 帯刀(かたな)を持って走り出で

喜「貢様 もうお帰りなされますか お預かり申したお腰の物

と差し出す帯刀 引っ手繰り 腰に差す間も気は顛倒(てんだう)⑱ 刀の相違(ちがひ)気も附かず 萬野は傍へ立ち寄って

萬「これいなァ 貢さん もう喋り仕舞かえ もっと何ぞ言はんせんか 何ぼやきやき思はんしても金銭(ぜに)の切れ目が ハイ縁の切れ目ぢゃ お紺さんを恨みなさる事は モ微塵も無いぞえ お前の其の素寒貧(すかんぴん)⑳を恨まんせ 本に本に お前の様な貧乏神は 片時置くも屋内(うち)の不吉 モとっとと往んで下さんせ

と突き出す門口 堪へ兼ね刀の柄へ手を懸けるを

喜「アもし

と喜助は止める気扱い 貢も大事を抱えし身 お紺が見返り

紺「アもし 貢さん もう是れ限り 逢はぬぞえ
貢「エエ 勝手に為居(しを)れ

と立て切る表門(かど)の戸 無念涙に心も宙宇(そら)

貢「お紺 覚えて居よ

道路(みち)を蹴立てて馳せ帰る 後は座敷も浮き立って

萬「サァサァ 油蟲客の一幕が切れたわいなァ 嬉しや嬉しや
鹿「是から後の色直しはお床入の鶏卵酒(たまござけ)
萬「サァ 御座んせ

と打ち連れてこそ入りにける

解説


<縁切>
①前話(酒宴の場)で萬野達が入れ替えた名刀「青江下坂」を、喜助の気転で再び入れなおした事。

②備前杉本の遊郭「油屋」で料理人をしている喜助の仕業を洒落て言った。

③参考:遊郭

④伊勢神宮の事。

⑤参考:遊郭

⑥様々の苦労をすること。非常に多くの難儀や苦しみ。

⑦婚礼における女夫盃、親子盃などの盃事の際に、1対の銚子につける雌雄の蝶をかたどった飾り。

⑧参考:遊郭

⑨舞い落ちる花・塵のようにこなごなに軽々と。

⑩油虫(ごきぶり)は深夜にこっそり台所などで油をなめる事から、遊女の財布(油)をあてにして擦り寄って来る油虫の様な客。

⑪人がその座いっぱいになっていること。その座にいる人すべて。

⑫表向きにせず内々にしておくこと。外部には隠しておくこと。内密。ないしょ。

⑬参考:遊郭

⑭新しく出版すること。また、その書物。新刊。

⑮伊勢参宮の人々に物ごいをする乞食。

⑯連れ立って社寺を参詣・巡拝する旅人。遍路。巡礼。道衆。

⑰参考:遊郭

⑱うろたえること。動転。

⑲貧乏で何も持たないこと。まったく金がないこと。