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「うつぼ」

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あらすじ

女大名三芳野(みよしの)は主君更科主人経春の命令で家来で恋人の奴橘平(きつへい)をつれて主君の靭(うつぼ)にする皮を、逢引を兼ねて探している。靭とは矢を入れる筒の事。そんな折、春の野山で小猿を見つけ、飼い主である猿廻し(曲芸師)に小猿を譲るように頼むが断られてしまう。上様の上意が聞けないのならと弓矢を向ける三芳野。

猿廻しは観念し猿の皮を差し上げるというが、弓矢で討っては折角の皮に傷がついてしまう。「猿の一打(ひとうち)」という急所があり、そこを討てば傷つけずに殺せるからと鞭を振り上げる。

小猿はいつもの芸の調教と思い込んで殺されるとは思わずに舟を漕ぐ真似をする。そんないじらしい小猿の仕草を見て三芳野は涙を流して許す。そのお礼に猿廻しは天下泰平武運長久を祈祷して小猿を廻す-。元は狂言「靭猿」に取材したもので正月らしい縁起の良い御目出度い演目となっている。

詞章


新玉の① 春ぞと告げて人来鳥(ひとくどり) 睦まし月①の名にし負ふ 是も歌舞伎の周の春② 姿も花の返り咲③ 時も一陽来福④の 當(あたり)を願ふ⑤弓始め 弓矢八幡大名の 頼うだ人の代参⑥に 向ひ町から又今年 還り申しの願事(ねぎごと)⑦の 恋と言ふ字が花靭(はなうつぼ) 背中に背負(しょ)った太郎冠者 傘を指そなら春日山⑧ 霞を分けて梅笑ふ 春の野面の色ふくむ 此処鳴滝⑨の花の顔見世

三「立還り 今を春方(はるべ)と此の花の 色香争う源平の⑩ 其は隔てし播磨潟(はりまがた) 都の内は穏やかに⑪ 袋に弓の八幡大名
橘「頼うだ方は北面の更科主水経春(さらしなもんどつねはる)様 今日例年の弓始め なほ太平を祈りの為 此の鳴滝の八幡宮へ御名代の三芳野殿 お役目ご苦労に存じまする
三「いいえ 其のご苦労は橘平殿も互いの事 願い叶うて又今年 お前と二人物詣(ものもうで) こんな嬉しい事はござんせぬ もう御代参の役目仕舞うたからは 春の野面(のもせ)を眺めながらサアサア一緒 

と手を取るを 振り拂(はら)い

橘「あゝコレはしたり 寄らっしゃりますな 寄らっしゃりますな 狂言言葉も頑なに

烏帽子素襖(えぼしすおう) 仮初ならぬ頼うだ人の御名代 御用であらば横柄に 太郎冠者あるかいやい ハァ御前にと蹲(うづくま)る 此方(こち)は元より使はれものよ 色恋の道白河や⑫ 人目の関の袖褄ならで 網引く餌引く四つ手引く 山ぢゃ木を挽く麦の臼 廻らば廻はれ伊勢道者 昔は車 今は銭 投げさんせ投げさんせ 縞さん紺さん花色さん コレコレコレ小紋さん⑬ 遣てかんせと 引戻されたアア長縄手 心も優な太郎冠者⑭

橘「ハハハハ もう道草のおどけは取り置いて サァお館へ
三「いえいえ まだ滅多には帰られぬわいな
橘「そりゃ何故でござりますな
三「サァ 御主人経春様 毎年の古例ゆゑ 弓矢と靭⑮を此の様に持たせて 氏神様⑯へ参らせ給へど 今年はいかう靭が損じた 戻りには靭に成る皮を 調えて来いと 言い付かって来たわいな
橘「ハテ 女中には似合わぬ事を おっしゃりつけでござりますなァ

話半ばへ向ふより 手飼ひの小猿の折よくも 両人(ふたり)が中へ駈け込めば ビックリ飛び退き

橘「ヤァ何だと思ったら こりゃ猿であったわえ
三「オオ 丁度な所へ離れ猿 皮を取って幸いの靭に
橘「いえいえ 是や 大方主がござりませう 何でも猿使いなどが放した猿と見えまする
三「そんなら其の主に断らいでは悪いかえ
橘「何にしろ此の主に 逢ひてえものだなァ

見遣る彼方へきょろきょろ目 ここら在所の得意旦那をくるりくるりと猿廻し 隣村から今日此の村の葺屋町(ふきやちゃう)へと御贔屓の 風に廻され真っ赤いな赤かんべ 初心ナ知れた初舞台 罷り出たらめ出放題 酒のさの字の其の暇に 見失うたる猿丸の 迷子の迷子の大夫やい 迷子の迷子のお猿やいと 呼ぶ子鳥 紅葉にあらで咲き増さる 目出度き猿曳⑰が 紋もでっかり裏梅が 梅の林を浮かれ来る

曳「オオ大夫 此処にいたか サ此処へ来い此処へ来い 

と寄るを隔てて

橘「スリャ其の猿の主は貴様か コレコレ何と物は相談ぢゃが 其の猿をどうぞ譲ってはくれまいか
曳「滅相な 此の大夫殿⑱を手放しましては 明日から商売が為りませぬ
橘「成程 道理(もっとも)ぢゃが アレ彼方(あそこ)に御座る女中は 更科主水経春様と言ふお大名の御代参 今度 賭弓(のりゆみ)の御遊(ぎょゆう)に 猿の皮が入用ぢゃほどに 彼方(あなた)に猿を どうぞ売ってはくれまいか
曳「いいえ 何ぼ大内の御遊でも 是ばっかりは御免下さりませ 御免下さりませ

と詫びるに 此方は附け上がり

三「そんならどうでも成らぬと言やるか 女と侮り上様の上意を聴きゃらねば 仕様がある

素襖(すおう)⑲投げ懸け大名の 威を張り詰めし弓張の矢先鋭く立ち懸る 猿曳驚き飛び退(すさ)り

曳「あゝもし待って下さりませ 待って下さりませ 成程斯なるからは猿の皮を上げませうが 射殺されては猿の皮に傷がついて お役には立ちますまい ハテどうか仕様が

と小首傾け頷いて

曳「オオ好い事がござります 猿の一打と申して 急所がござりますほどに 皮にも傷を附けぬ様に 打ち殺いて上げませう
三「そんならきっと打ち殺いて サ早う渡せ 「ハァ

畏まってござると立上り また有るまじきお望みは 只今殿様殺せとある ならぬと言へば己共(おれとも)に 唯一矢似て射殺すと 引くに引かれぬ強弓(つよゆみ)の 仰せはかなき今日の仕儀

曳「コレ 猿(まし)よ

小猿の時から飼い置いて 朝夕の煙さへ其方(そち)が蔭にて 楽々と暮せしものを情けない

曳「畜生なれども よう聞けよ

せめて今度は人間に 生まれかはって来るやうに 教え込んだる一節に エエさりとはさりとは エイエ 又あろかいな 是非泣く泣くも立上り 振上げし鞭の下 廻る小猿のいぢらしさ

曳「アレアレ 今のを御覧なされしか 撃ち殺さるる鞭とは知らず 船漕ぐ真似をしまするわいの
三「そんなら何と言ふ 殺さるると知らいで 芸をするかや
橘「畜生でさへ物を知るに いかに主命なればとて
三「物の哀れを顧みず どうしてそれが殺されう 命を助けた 連れて帰りゃ
曳「エエ 其れは真(まこと)でござりまするか
三「おいノゥ
曳「やれやれ嬉しや嬉しや お礼に猿に舞はせませう 天下泰平御武運長久御祈祷に 猿が参って能(のう)仕(つかまつ)る

ご知行も増さる目出度き踊るが手元 面白やハンリャコリャコリャ 黄金(こがね)の数々積み揃へ 庭に黄金の花盛り 花見も栄う目出度さよ さらば我らはお暇と 行くを引き止め

三「コレ待った

そりゃマァ何の事ぢゃいな私やお前に打ち込んで 騙されて咲く是は何ぢゃい エエ室の梅 ささ啼き懸ける鶯菜 納豆納豆の朝毎に 飛んで行きたや主の傍 見れば見るほどくっきりと 水際の立つ好男子 男寡夫(おとこやもめ)と南瓜の蔓(つる)は 何処までもさいかち茨の中までも 此方やお前とならば構やせぬ お前と女夫(めうと)になるならばお薩や好きな團子(いしいし)を 断ちものしたが へへ憎いかえ エエ女子には何がなる 焦がれ焦がれしお姿を 絵には書かせぬものを のろけざ惚れたが分かるまい まいまい廻るは煤(すす)拂い 枝も栄えて葉も茂る お目出度や千代の子 お目出度や千代の子 お目出度や お清所の笑ひ ホホ ホホ ホホホホ 草
おのれ逃ぎょとておいそれと ヤッチャして来い 寝ずの番 棒と手拭枕元 疲れにたわい転寝(うたたね)の 寝息窺ひ寄る鼠 そろそろ這い出しチョッカイに 箸箱膳棚を踏み荒らしたる畜生め 是も喰はす樫の棒 すぢってもじって鉤槍(かぎやり)や エイエイトウトウやっとうの 納太刀 豊かの御代の一踊り 
一の幣(へい)立て二の幣立て 三に黒駒信濃を通る 船頭殿こそ勇健なれ 泊々を眺めつつ 千秋や萬歳を俵を重ねて面々に 楽しうなるこそ目出度けれ⑳

左右(さう)に三人達懸り 届かぬ梢の綱渡り 三筋(みすじ)の霞猿曳や 橘薫う花舞台 笑ひ興じて祝しける


解説


①初春の事。

②芝居の顔見世は毎年11月に行われるので一周巡ってくることにかけたもの。

③裏梅を替え紋とする中村歌右衛門(初演猿廻し)が大阪から江戸に帰ったことを表している。

④一陽来復(陰暦10月に陰がきわまって11月冬至に陽が初めて生じることから、陰暦11月。または冬至をいう)にかけたもの。

⑤弓矢が当たるのと興行が當るのをかけたもの。

⑥本人の代わりに社寺に参詣すること。

⑦神仏にお礼参りをする事。

⑧能狂言の「末広」から。

⑨鳴滝八幡宮の事。

⑩源平は紅白に分かれて戦ったことから。

⑪上記の戦から離れた京都は平穏だったこと。

⑫恋を知らないことを京都の白河にかけている。

⑬縞さん・紺さん・花色さん・小紋さん=着物の柄。それを着た女性たち。

⑭狂言の重要な役柄。大名・主に対する従者・召し使いとして登場する人物だが主人より主要な役回りに立つことも多い。

⑮矢を入れ腰につけて持ち歩く筒形の容器。弓矢合戦中心の鎌倉・室町期の武士がよく用いた。長い竹籠で作り外側を動物の毛皮や鳥の羽などで覆った。

⑯神として祭られた氏族の先祖。藤原氏の天児屋命、斎部氏の天太玉命など。

⑰猿使い。猿廻し。

⑱芸の秀でたものを大夫・太夫と言ったことから、ここでは猿の事。

⑲室町時代に直垂から派生した衣服で武士が常服として用いた。

⑳「そりゃマァ何の事ぢゃいな私やお前に打ち込んで~楽しうなるこそ目出度けれ」までは普段あまり演奏される機会がない。