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「老松」

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あらすじ

流名である「常磐津」は、初世文字太夫が江戸城近辺の常盤橋を渡った折、養子親で師匠である宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)の本名「石津左司馬(せっつさじま)」の「津」をとり入れ名付けたという事だが、そもそも「常磐」というのは「松」の縁語であり、松が一年を通して枯れる事の無い常緑樹である事から「永久不滅」を意味している。

能楽や長唄でも「老松」は存在しご祝儀的な要素の強い作品となっているが常磐津にとっての「老松」は、能の「翁(おきな)」と同様に曲であって曲では無い特別なものなので、一つの作品として扱われる事はなく古来より家元文字太夫が自身の会で、もしくは門閥門弟による演奏会の最後を家元が締めくくるように用いられてきた。その際は冒頭部分(そもそも松の目出度きこと~)からツレ語りになる間は、家元のみが語り脇以下は頭を垂れお辞儀をし、家元、聴衆、そして何よりも今まで常磐津の歴史を造ってきた先人に対し、礼を重んじるのが通例となっている。

詞章も能楽の「老松」に取材しない独自のもので、松という文字は分解すると十と八と公になり「十八公」と呼ばれる特別な樹木で、秦の始皇帝が雨宿りをした際に小枝が生い茂りたちまち大木となり雷雨を凌ぐことが出来た故事から、帝が松に「太夫」という爵を与えたという故事を用いている。

また、縁起の良い鶴と亀、財宝である金銀珠玉、そして流れを耐えす事無く子々孫々まで永遠に続くという流名「常磐津」に込められた初世文字太夫の奥深い想いが込められた流儀にとって特別な聖書のような存在となっている。

詞章


そもそも松の目出度き事 萬木に優れ 十八公①のよそほい 千秋の翠(みどり)を為(な)して 古今の色を見ず② 秦の始皇③の御狩りの時 天俄かに掻きくもり 大雨(たいう)しきりに振りしかば 帝雨を凌がんと 小松の蔭に寄りたまふ

此の松 たちまち大木と化(な)り 枝を垂れ葉を重ね 木の間(このま)ふさぎて其の雨を 漏らさざりしかば 帝 大夫と云ふ爵(しゃく)を 贈り下し給ひてより 松を大夫と申すとかや④

斯様に目出度き松が枝(まつがえ)に 巣を営(く)ふ田鶴(たづ)のよわひをば⑤ 君に捧げて御子孫は 亀の萬劫(まんごふ)⑥ふる川の ながれ絶えせぬ金銀珠玉 どうどうどうッと御庫(みくら)のうちへ 納まる家こそ目出度けれ

解説


①松という字は分解すると「十」「八「公」になるので松の異名となっている。

②松の緑色が千年も変わらず他に比類ないこと。

③秦の始皇帝。

④中国の故事。この松の木に「五大夫」という爵位が与えられたという故事。

⑤松に巣をつくる鶴の寿命は松同様に千年となる伝説を祝儀の言葉として、千年の長寿を君に捧げるという意味。

⑥亀は万年を生きる事から。