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「羽衣」

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あらすじ

駿河(静岡県)にある三保の松原で漁師の伯竜(はくりょう)が松の枝に天人の羽衣を見つける。家の宝にと持ち帰ろうとする伯竜。返して欲しいと懇願する天女。天女を妻にしたいと思う伯竜に彼女は月の世界や地上の三保の松原を讃える「駿河舞(するがまい)」を舞う。舞いながら天上界へ帰っていく天女……そんな伝説が元となった作品。古くは謡曲にあり、明治期に五世尾上菊五郎の「新古演劇十種(しんこえんげきじっしゅ)」の一つとして作られたもの。常磐津と長唄の掛け合いだが、今日では常磐津のみでの演奏形式が定着している。後半で調子が1つ上がる特殊な曲である。

詞章

風早の 三穂の浦面を漕ぐ舟の 浦人さわぐ浪路かな①

「是はこの傍に住む 伯了②と申す漁夫にて候 

実に長閑なる朝霞 四方(よも)の景色を見渡せば あれなる松に美しき 衣懸(かか)れり いざや取りて我が家へ帰らん

「喃々それこそは羽衣とて 容易く人に与ふべきものにあらず 返させ給え返させ給え 喃 

吹く春風に誘い来る 姿を三穂の松原や 霞に裾は隠せども 未だ白妙の富士の顔③

「さては天女にましますかや 好き物えたり

と打ち喜び 返す気色も無かりける 今はさながら天人も 羽根無き鳥の如くにて 飛行の道も絶えぬると 挿頭(かざし)の花④も打ちしおれ 五衰の姿あらわれて 露の玉散るばかりなり 伯了はそれと見て いかにもあまり御痛しされども衣も返しなば そのまま天にや昇るらん

否とよ我も 天乙女 たとえ世界は変わるとも 慕ふ心は只一筋に 思ひ染めにし恋衣 契り結ばん女夫松 やがて小松の色添えて 夢かうつつか疑わしくも 一人寂しき手枕に 妹背を渡すかささぎの⑤天津乙女⑥は我妻と 睦み合うのも楽しみに 賤が手業(てわざ)もまだ白波の⑦ 寄する渚に千代かけて 変わらぬ松の深みどり 心の丈を推してと いとも床しき其の風情
 
然らばかねて聞き及ぶ 天女の舞を今ここで 奏で給えと進むるにぞ 乙女は衣着なしつつ 仮に吾妻の駿河舞⑧ 思ひは胸に打ち寄する 波の鼓のそれならで 虚空に響く 音楽に 霓裳羽衣(げいしょううい)の一曲(ひとかなで)⑨ 雨に潤う花の顔 連理の枝に比翼の鳥⑩翼交わしてうらやまし

面白や 絶えなる香り花降りて 天の羽衣吹き返す 風に乗じて ひらひらひら 昇り行方も 霞彩る乙女の姿 しばし止めて三保の浦 茂れる松の常磐津の 波打ち寄する岸澤の糸に残して伝へける⑪ 糸に残して伝へける

解説

①万葉集より

②伯了=伯竜

③霞で下の方が隠れているが上部にはまだあ雪があるのを白妙として「雪」を形容し、まだ大人になりきらない少女(生娘)だと説明したもの。

④髪に挿したもの。

⑤妹背を渡すかささぎの=七夕の晩、牽牛と織姫が渡って出逢う「かささぎの橋」より。

⑥天津=天の

⑦まだ知らないことを「白波」にかけたもの。

⑧駿河舞=東遊(あづまあそび)の駿河舞。

⑨霓裳羽衣=薄絹などで作った女性の美しくて軽やかな衣装のこと。または西域から伝来した舞曲の名。一説に唐の玄宗が仙人と月宮に遊び仙女の舞を見たが、玄宗はその音調を覚えて帰り楽士にそのとおり作らせたのがこの楽曲という。楊貴妃はこの舞を得意としたとされる。

⑩支那の詩人「白楽天」の歌「天にあって願わくば比翼の鳥とならん。地にあっては願わくば連理の枝とならん」から引用されたもので、翼を並べて飛ぶ鳥、連なった枝を夫婦の離れる事の無い末永い契りに例えたもの。常磐津では「釣女」にもこの文章が用いられている。

⑪茂れる松の~伝えける=茂れる松に縁語である「常磐津」をかけ、さらに波が寄せる岸に当流三味線方の「岸澤家」をかけたもの。