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「橋弁慶」

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あらすじ

延暦寺西塔の武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)は永いあいだ五条の天神に丑の刻参りを続け主君と慕えるような武士を捜していた。そんなおり京都五条の橋元に人を切って回る子供の姿をした妖怪が出ると聞き退治しようと赴いてみる。

腕に覚えのある弁慶が長刀を振り回して戦うも、その子供「牛若丸」に翻弄され続けて最後は負けを認める。この子供こそ源氏の御曹司「源義経」であり、感服した弁慶は彼に三世(過去と現在と未来、三世に及ぶ深い間柄)の誓いをし従う事となる。元は謡曲にある橋弁慶は歌舞伎では移植された長唄の作品が専ら有名であるが、名古屋踊りの為に作られたのが今作品である。

詞章

さても源の牛若丸 父①の修羅②の妄執(もうしう)③を慰めんと 心浮き立つ御出立

牛「さても牛若は 母の仰せの重ければ 明けなば寺へ登るべし 今宵限りの名残ぞと 川上添えて忽ちに 月の光を待つべしと 

声立ち添うる 秋の風 面白の景色やな 面白の景色やな そぞろ浮き立つ我が心 波も玉散る白波の 夕顔の花の色 五条の橋④の橋板を とどろとどろと踏み鳴らし 風涼しく更ける夜に 通る人をぞ待ちいたる

弁「既に夜を待ち時も来て 三とうの鐘もすぎ間の月の 着たる鎧は黒皮の 黒糸おどしの大鎧 もとより好む大長刀(おおなぎなた) 真中取って打ちかつぎ 

ゆらりゆらりと出でくる有様 如何なる天魔鬼神たりとも 面(おもて)を向くべき様あらじと 我が身乍らも もの頼もしく 手にたつ者のあゝ欲しや と一人ごちして打ち渡り 向うをキッと見てあれば

牛「川風も早 更け過ぎる夜嵐に 通る人もなきぞとて 心すごげに安らえば
弁「弁慶かく共白浪の 立ち渡る橋の上 さも荒らかに堂々と踏み鳴らし 心つまげに過ぎ行けば 
牛「牛若彼を見るよりも
弁「すわや嬉しや人来る 

と薄衣尚もひっ被つぎ 傍らに寄り佇めば 弁慶彼を見つけつつ
弁「言葉をかけんと思えども 見れば女の姿なり我は出家の事なれば 思いわずらい行き過ぎる⑤

若君彼を嬲(なぶ)ってみんと⑥ 右へ寄れば右に立ち 左へ行けば左に行き 

牛「行き違い様に長刀の柄元をハッシと蹴上げれば
弁「すわや知れ者もの見せんと 

長刀やがて取り直し いでもの見せん手並の程を 切ってかかれば牛若は 少しも騒がず薄衣引きのけ 賤々と太刀抜き放し 支えたる長刀の 切っ先に太刀打ち合わせ 詰めつ開いつ戦いしが 所は名に負う賀茂川⑦の 流れに立つ波どうどうどう どッと寄すれば白鷺の 芦辺に漁る片足立ち 姿はつく羽根羽子板の 拍子は砧の音や 無双返しや現(うつつ)の太刀 二つの鍔音カラカラカラ 欄干(らんかん)⑧伝う細蟹の 蜘蛛の振舞梢(こず)とう猿(ましら)水の 月かや手にたまらぬ 姿をしとう長刀の 得たりやオウとしっかと組み エイヤと引けばエイと引く 橋の擬宝珠(ぎぼし)の玉の汗 凌ぎを削りて

弁「アラ物々しやあれほどの

弁慶秘術を尽くせども ついに長刀打ち落され 組まんとすれば切り払う 縋(すが)らんとするに頼りなく せん方尽きて橋板を二三間(にさんげん)⑩ 飛び去り呆れ果てぞ立ったりける

弁「不思議やな 御身誰なれば まだ揚巻(あげまき)⑪の御身にて かほど健気に存しますぞや 恩名を名乗りおわしませ
牛「我こそは源の牛若丸 シテ汝は
弁「武蔵坊弁慶と申す者 今よりはご家来にお召し抱え下さるべし 

頭を橋にぞ付けにける

牛「主従三世(さんぜ)⑫の縁なるぞや

約束長き五條の橋 橋弁慶と末の世に 語り伝えて絵にも描く 祇園祭りの山鉾(やまぼこ)⑬に祝い飾るぞ目出度けれ

解説

①源義朝。永き戦いののち往年の敵である平清盛に敗北し没する。

②参考:仏教

③参考:仏教

④京都五条にある橋。

⑤弁慶は麗しい牛若の姿を見て初めは女と思い見過ごした。

⑥からかってばかにする。愚弄する。

⑦京都を南北に流れる賀茂川。

⑧橋や階段などの縁に人が落ちるのを防ぎ装飾ともするために柵状に作り付けたもの。てすりの事。

⑨欄干などの柱の上端につける宝珠形の装飾。

⑩尺貫法の長さの単位。一間は約1.818メートル。

⑪古代の少年の髪の結い方の一つ。髪を左右に分け両耳の上に巻いて輪を作る。角髪(つのがみ)とも。

⑫古来より親子は一世(現在)、夫婦は二世(現在と未来)、主従は三世(過去と現在と未来)の間柄であるという。

⑬祭礼の山車(だし)の一つ。山形の台の上に鉾・長刀などを立てる。特に京都の祇園会(ぎおんえ)のものが有名である