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「へちまの景清」

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あらすじ

能の「景清」はかつて「悪七兵衛(あくしちびょうえ)」とも謳われ怖れられた勇猛な武士藤原(平)景清が戦に負けて乞食となった後の話、歌舞伎では壇浦兜軍記に、そして文楽には「出生景清」が伝えられているが、本作は戦に勝った景清が未来にあたる江戸時代に場所を移して観音詣を「だし」にして廓に通い遊ぶ、という一種のパロディである。ちなみに常磐津の景清には「五条坂の景清」と本作「へちまの景清」とがある。

詞章

かげと云うも月の宴 清しと云うも月の宴 かげ清き名のみにて 誰かはそれとしらはげに 通い清水五条坂 ねび観音をだしにして 夜毎日毎の徒歩詣で 雨にも雪の濡れ事は ちっと先祖へ申し訳① たたぬ口舌②の仕残しを 今宵ぞ是非にごさんなれ しばしお敵も千手の手取り すめてはゆかじと引掛けて 赤い所が名にし負う 平家の侍大将と洒落のめしてぞ 浮かれくる

「おぉ これはこれは 芸子の大吉 太鼓のぽん八 某を待受けとは有難い 何と云うぞ 身共に戦の話をせい 戦の話はいつやらも 梶原源太がしたではないか③ よいよい お望みならば古くとも 物語仕ろう 先ずは一の谷の戦場④は

前は海うしろは険しき鵯越(ひよどりごえ)⑤ 江戸で申さば品川に 似たりよったる色酒に 寿永の秋の風立って 須磨や明石の浦舟に 櫓櫂(ろかい)⑥を立ててびんじょう伽やろ ⑦二位の比丘尼(びくに)の丸太舟 或いは官女の船君も すわや時ぞと漕ぎつれて 客ある方へと乗り出だせば 源氏の軍勢 声々に

「誰だ誰だ
「アイぽちゃぽちゃの玉虫だよ こう乗って行きねえナ

と夕間暮れ かざす扇の骨がらみ かくとみぎわに那須野⑧がひらり 苫にいるさの月夜影 それがし陸に立ち君の もんしもんしと三保の谷⑨が 襟かい掴み 後ろへ引けば三保の谷は 身を逃れんと前へ引く 互いにエイヤと引く力に にはだずみの板ふみすべって 左右へくわっとぞ退きにける これらも遊びの壇の浦⑩と こたまぜ話の高調子 それと阿古屋⑪は聞きつけて 心も空の上草履 小褄とる手にままなれど 障子一重がままならぬ 余所のいたこも勤めの身 横に来るより  「これ七さん

味な別れのもつれ髪 云うも今更くだながら 花見戻りの大一座 七兵衛⑫さんと云う名さえ おかしらしいと囁いて 笑うた口でいつの間に 心が先へつい惚れて こっちに思えばそっちにも 功徳(くどく)⑬は深い観音経 普問品第二十五日の夜さ かならずと戯れの 言葉を結ぶ名古屋帯 解いて寝た夜の睦言(むつごと)⑭は  「アァ つがもねぇ⑮

ではないかいな その時景清声張り上げ ヤァそんな手事(てごと)は奥座敷 どうでも重さん⑯粋(すい)じゃもの もてるも道理この野暮(やぼ)は お邪魔であろうと癇癪(かんしゃく)で 帰るを イエイエそりゃならぬ いいや去ぬると争うを 見かねて芸子太鼓持ち⑰ モシモシこれはどうした悶着で あるやつそこらは文流しの マァあちらへをしおにして 互いに翆帳紅閨(すいちょうこうけい)⑱の 色香争う梅桜 万夫不動の景清がその勢いぞ 勇ましき

解説

①三世坂東三津五郎に初演された「源太(かぼちゃ)※」に対して七世市川團十郎が当作品(へちまの景清※)を常磐津に依頼したので、景清を演じた團十郎が先祖に対して詫びる、という一種の愛嬌。團十郎は扱った景清の作品は歌舞伎十八番に「景清(牢破り)」「鎌髭」「解脱」「関羽」などがある。
※「今年ャかぼちゃの当たり年~」=かぼちゃの源太
※「ほんのへちまの景清が~」=へちまの景清

②参考:遊郭

③源頼朝に臣従した源氏の武将。三世三津五郎による「かぼちゃの源太」の事。

④一ノ谷の合戦。須磨で行われた源平合戦の一つ。

⑤源義経が精兵七十騎を率いて一ノ谷の裏手の断崖絶壁に立ち、戦機と見て坂を一気に駆け下る決断をした。
鵯越は一ノ谷から東方8キロ離れた場所にある。

⑥船の両側にあって櫓(和船をこぎ進める用具の一)と櫂(船を人力で進めるための棒状の船具)を扱うところ。

⑦幼い安徳天皇と共に入水(じゅすい)した女性。

⑧那須与一が見事射ち当てた扇の事。

⑨屋島の磯戦で戦った敵将。

⑩1185年の長門壇 ノ浦における源平最後の合戦。その後平家一門は滅亡した。

⑪景清の妻。

⑫悪七兵衛と言われていた景清の事。

⑬参考:仏教

⑭男女が寝室で仲よく語り合う会話。

⑮つがもない=道理にあわない。とんでもない。

⑯一の谷の合戦で敗北し捕虜となった平重衡(たいらのしげひら)の事。牡丹の花に例えられるほどの美男子であった事から、景清が嫉妬する。

⑰参考:遊郭

⑱翆帳紅閨=翠帳を垂れ紅色に飾った貴婦人の寝室。