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「松島」

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あらすじ

常磐津家元文字太夫家(四世文字太夫・初世豊後大掾)と三味線方岸澤家(四世岸澤古式部)は、安政4(1857)に完成した大作「三世相錦繍文章」の功名争いに起因して分離していたが明治17年(1884)に約30年の時を経て和睦した。その直ぐあと家元七世常磐津小文字太夫と岸澤式佐が相談の上、河竹黙阿弥に作詞を依頼し作られたのがこの曲である。更に常磐津と岸澤が完全に和解したのは相談役に二世常磐津豊後大掾と六世岸澤古式部、初代会長に七世常磐津文字太夫をおいた第一期常磐津協会が創始された昭和2年(1927)の事である。

七世小文字太夫の郷里盛岡に近い日本三景の一つ「松島」の景観を詞章にしたもので、最後は「岸の漣漪(さざなみ)打ちよりて 昔へかへる常磐津の 松の栄ぞ目出度けれ」と和睦を意味する御目出度い祝詞で結んでいる。

詞章


日の本に 三つの景色①の一と云う 陸(みち)の奥②なる松島へ 今日思ひ立つ旅衣 着つつ馴れにし古郷(ふるさと)を 後に三春の馬路(うまやじ)や

勿来(なこそ)③の関は名のみにて④ 古(ふ)りし昔を信夫摺(しのぶずり) 文字もそぞろに名所(などころ)を 記す便(よすが)に里人へ⑤ 利府(とふ)の菅ごも⑥七布三布

旅寝の日さへ浅香山⑦ 憂きを白石白露の⑧ 萩の宮城野⑨杖曳いて 己が心のまにまにに⑩ 瑞巌寺(ずいがんじ)⑪へぞ着きにける

黄金(こがね)花咲く山⑫遠く 千賀の浦⑬辺へ立出て のぞむ波間に朝日島⑭ 春ならねども棚引きし 霞の浦⑮の朝ぼらけ 桜の名にし塩竃(しほがま)⑯も 夏の茂りに御社を 埋(うづ)む若葉の若濱や 涼しき風の福浦に⑰ 此処へ寄る島 漁(すなどり)の 海女には惜しき女子嶋(おなごじま) 共に語ろう恋の道

磯の苫屋の苫島(とまじま)に⑱ 汐馴れ衣濡れ初めて 立てしむしろの屏風島⑲ 隠せど浮名立つ秋の 夜の長濱(ながはま)も⑳ 長からで 沖の千島の痴話事に 名残雄島(なごりおしま)の霧隠れ㉑ 籬(まがき)が島に又の夜の 約束堅き石の濱 網引(あびき)の唄の鄙(ひな)めきて

エエ エエェ 雁金の山に便りの玉章(たまづさ)を 松の黒崎冬の来て 積もる思ひに身にしみじみと 雪の白濱小松島 あさる千鳥の大濱に 波の鼓の拍子につれ 立ち舞ふ振りの面白や

げにげに亀と鶴崎(つるさき)に 松が浦島竹の浦 岸の漣漪(さざなみ)㉒うち寄りて 昔へ還る常磐津の㉓ 松の栄え㉔ぞ目出度けれ

解説


①松島(陸前)・天橋立(丹後)・宮島(安芸)の日本三景。
②陸奥の事。「みちのく」とも。
③名古曽とも。白河、念珠と共に奥州の三関と称えられている。
④名があるばかりで。
⑤昔の忍ぶ為、里人から名所を聞いてこれを筆記する事。岸澤との和睦を願う常磐津家元文字太夫の心中を表現したもの。
⑥宮城県利府名産の布。
⑦本来は安積山と書き福島県安積にある。
⑧憂き(憂い)を知らないことを白石(福島県の地名の一つ)にかけたもの。
⑨仙台東ににある海岸平野。秋草の名所だった。
⑩自分の心の向くままに。
⑪宮城県宮城郡松島町にある臨済宗妙心寺派の寺。
⑫金華山の事。
⑬塩竃付近の浦辺。
⑭松島諸島に属する太平洋の 無人島。
⑮宮城名産の日本酒。
⑯宮城県のほぼ中央(仙台湾)に位置する都市名。塩竃大明神が安置されている場所。
⑰風が「吹く」と「福」浦をかけたもの。
⑱苫島=磯の苫屋の縁語。
⑲むしろの屏風を「屏風島」にかけたもの。
⑳夜の永い事を「長濱」にかけたもの。
㉑名残「惜し」い事を「雄島」にかけたもの。
㉒岸=常磐津三味線方岸澤家。
㉓常磐津(家元文字太夫家)は昔(常磐津史上、岸澤家は代々常磐津文字太夫の相三味線をつとめる)にかえり和睦する事を意味している。
㉔松は常盤の縁語であり、常磐津流派がひときわ大切にしている樹木である。