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「女夫狐」

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あらすじ

大和吉野山の奥に「郷の君(義経の正室)」と共に閑居している源義経(みなもとのよしつね)の所へ訪れてきたのは忠臣佐藤忠信と共に連れだった恋人静御前(しずかごぜん)であった。

悪七兵衛景清と戦った壇の浦合戦を語っているうちに、郷の君が初音の鼓(はつねのつづみ)を打ち鳴らしたため正体が明らかになり、忠信・静の両人は実は夫婦の狐であると打ち明け更に鼓は父母である老い狐の皮を用いて作られたものと話す。狐と同様に幼少を寂しく過ごした義経は同情し鼓を狐に還してやるのだった-。

狐が忠信に化け鼓の皮がその親だという事などは共通するが、吉野山に舞台を戻し静御前までもが狐であるなど、歌舞伎「義経千本桜」の四段目「道行初音旅」と切「河連法眼館の段」を足した常磐津独自の内容となっている。

詞章


静御前は義経の 御跡慕ひ遥々と 此処へ来ごとの花紅葉 其の御仲も吉野山 御附々(つきづき)が 調ぶる楽(がく)の音も澄みて 御遊(ぎょゆう)①の席ぞ賑わしき 幕絞らせて静御前 烏帽子(えぼし)②水干(すいかん)③たをやかに しずしずと歩み出で 御前にこそは畏(かしこ)まる

忠「是は是は静様 最前より皆様がお待ちかね 早や疾(と)く疾くと 御舞候へ

仰せに衣紋(えもん)④かき合わせ 既に拍子を進めける 賎(しず)や賎 賤の苧環繰り返し 昔を今になすよしもがな 思ひ返せば古(いにしへ)も 今も恨の恋衣 心耳(しんに)⑤を澄ます舞の手や 野路も山路も 秋は武蔵野の月見よと 庭の薄(すすき)に風そよそよと 荻(をぎ)と萩(はぎ)とは相生(あいおい)⑥の仲 虫の音聞いて庭巡り きりハッタリてう きりハッタリてう つづれさせチョウ きりぎりす 鈴蟲松蟲轡(くつわ)虫 虫の声々しほらしや 諌(いさ)めが胸も義経を 同じ思の一筋に 恋と忠義の量(はかり)なや

亀菊「いとどしく照りこそ勝れ紅葉葉に
鈴鹿野「日影映らふ四方(よも)の山々
郷「日影の身の我々を 忠信殿の事ない世話
静「忘れはおかぬ 嬉しいはいノゥ
忠「是は是は 冥加(みょうが)⑦ない其の御言葉 我君都をお開きの節 お預けありし郷(きゃう)の君様 静様諸共に 此の所に忍ばせ申す内 もしおしつらひでもと 今日静様を御勧め申し 舞の一手に貴方の調べ 忠信めが蝉折(せみおり)⑧を 吹き合わせしも本の間に合ひ ムゥとてもの事にお形見の此鼓
郷「アァコレ其の鼓は兄君⑨に よそへて給わる品故に お手では打ちもなされぬに
静「謀反の何のと賢(さかし)らに 都を他所に旅の空
忠「ハハ御痛はしき有様と

鼓取上げ胴懸けて 調べ結んでサモ嬉しげに打鳴らす

静「アアコレまんがち⑩な忠信殿 お許(ゆるし)もなき此の鼓
忠「サァそこを是非とも忠信が 
静「イイエ私と争ふを 亀菊鈴鹿野押止めて
亀「忠信殿は鼓より
鈴「それいつぞやの軍の話がお慰み
亀「サァ其話を今ここで 
両「早う早うと勧められ

畏(かしこ)まったと忠信が 扇押取り座を構へ 思ひぞ出づる壇の浦の 海に兵船平家の赤旗 陸に白旗⑪ 源氏の強者(つはもの) アラ者々しやと夕日映へ 中にも噂高波の 水際に手束(たつか)⑫弓取りの 某は平家の侍大将悪七兵衛(あくしちびょうえ)と 呼ばはる声に 三保の谷の四郎 控へたり と薙立て薙立て 閃く太刀先長刀に 拂(はら)へば附け入る 力士と勇士 長刀(なぎなた)掻(か)ひ込み景清が 兜のしころ⑬を引掴み 後ろへひく潮三保の谷が シヤ小癪なと身を固め 引いては返す片男波(かたおなみ) 互いにエンヤと引く力に しころは千切れてよろよろよろ ウフフフフフ ハハハハハと笑って左右へ別れゆく 
本に其の日の夜戦に 我が君様の気短な あの意地悪い景時⑭と 逆櫓(さかろ)が因(もと)の諍(いさか)いも 其れが御身の仇浪と 余所目(よそめ)に心 沖の石 人こそ知らね西海の 波風荒き灘(なだ)越えて 今は吉野の山桜 花咲く春を力草 露置き惑ふ風情ありける両人(ふたり)が素振り 怪しと見るより郷の君 鼓取り上げ打ち鳴らす 音色に聞き入る忠信静 見咎められて気転の笑ひ

「ホホホホ おお可笑し

笑ふて招く花薄(はなすすき) 仇な尾花が頷く眼元 露が仲人(なこど)で濡れ懸る ションガエ 本に浮き世は恋ぢゃもの 俗性⑮明しゃと郷の君 打立て打立て打鳴す 鼓に余年(よねん)⑯他愛なき 二人を然(さ)てはと刀の電光 ヒラリと飛退き

忠「コリャ何故あって我々を
郷「ヤァ何故とは愚な事 鼓に性根(しゃうね)⑰をとらかす風情 最前からの立振舞 いづれ二人は怪しき偽者 サ真直ぐに言はずば斯うして斯うして 

斯々と 打立てられて返答なく 差し俯いて居りしが 漸(やうや)う顔を振上げて 浅ましや 池の玉藻(たまも)⑱に俤(おもかげ)を結ぶ効(かひ)無き水鏡 

女狐「写すとすれど我身の上 申さにゃならぬ始りは 
男狐「それ其初音の鼓 私は其鼓の子でござります

と聞くよりも耳そばだてて郷の君

郷「ムゥ何 此の鼓の子とあるからはヲヲさては其方は狐よな 
男「ハァ 

身は乱菊の葉隠に 泣いて別れし父母が 儚く消えしも何故(なにゆゑ)ぞや
女「桓武天皇の御宇大内(ぎょうおほうち)に 雨乞いありて大和路に 千歳の功を降積を降り積もる 雌雄(めを)の狐の生皮(いきがわ)を 鼓に作り神諌(いさ)め⑲ 水を起して降る雨に 

男「民百姓は喜(よろこび)の 声を初て揚げしより 初音の鼓と名付け給ふ 

其の父母(たらちね)に一日も 恩も送らぬ身の因果 鳥翼(とりつばさ)にも劣りたる 畜生界の浅ましき 女夫狐の身の果てと カッパと伏て泣居たる 始終を聞いて御大将 一間の内より立出て給ひ 

経「ホホウ誠や狐は五音に通じ 斯(かか)る振舞過分の到り 其の優しさに大切なる初音の鼓は取らすぞや

と差出給へば飛退り

男「何其の鼓を下さるとや
女「エエ冥加なや
両「有難やなァ 年月憧(こが)れし親鼓 互に抱き顔にあて 狂い慕ふぞ道理⑳なる

男「此の鼓を給わる上は 影身に付添ひ守るべし
両「返すがへすも嬉しやなァ 

往なうやれ 我が棲む森へ帰らんと 鳴く声ばかりは草隠 女夫狐の三吉野に 誉を代々に残しけり

解説


①宮中や上皇の御所などで催された管弦の催し。

②元服した男子の用いた袋状の冠物。

③のりを使わず水張りにして干した布で作った狩衣(かりぎぬ)の一種。

④和服の襟の胸で合わせる部分。

⑤心の耳。心を耳とすること。「しんじ」とも。

⑥一緒に生育すること。

⑦気がつかないうちに授かっている神仏の加護・恩恵。思いがけない幸せ。

⑧男の髪の結い方の一。鬢(びん)の先を反らして蝉の形にしたもの。元禄のころ流行。

⑨源頼朝の事。郷の君の母が乳母をしていた。

⑩自分勝手であること。気短であること。

⑪平家は赤旗、源氏は白旗であった。

⑫手に握り持つ弓。たつかの弓。

⑬兜(かぶと)の鉢の左右・後方につけて垂らし、首から襟の防御とするもの。

⑭梶原景時。石橋山の戦いで源頼朝を救ったことから鎌倉幕府に重用された。

⑮本性の事。

⑯残りの寿命。余命。余生。

⑰一つのことを最後までなしとげる気力。根気。根性。

⑱伝説上の金毛九尾の狐「玉藻の前」にかけたもの。

⑲雨乞いの為に神に供えられたこと。

⑳物事の正しいすじみち。人として行うべき正しい道。