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「曽我対面・釣狐の対面」

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あらすじ

日本三大仇討の一つ「曽我物語」を史実物語として世に広めたのは「夜討曽我」に登場する虎御前(大磯の虎)。物語は彼女から口承に口承を重ねて徐々に広まり南北朝時代から室町・戦国時代を通じて語り継がれた。曽我兄弟や工藤佑経に関する史跡や伝承はやがて能や人形浄瑠璃として上演されるようになり江戸時代になると歌舞伎化されて「曾我もの」の演目とし定着。正月興行には必ず採用されるしきたりとなり延宝四年正月(1676)に初代市川團十郎が『寿曾我対面』を初演してからは多くの曽我狂言が上演される事となった。

座頭の工藤・和事の十郎・荒事の五郎・道化役の朝比奈・立女形の虎・若女形の少将・敵役の八幡・立役の近江・実事の鬼王と、歌舞伎の役どころが勢ぞろいし視覚的にも音楽的にも様式美にあふれた一幕となる。

常磐津の曽我ものには当曲「曽我の対面(釣狐の対面)」と「夜討曽我」とがあり、題材としているものに「勢獅子」「林燗三人生酔」がある。

本作品は、兄弟が「今様のこんかい(釣狐)」の装いで近づき、遊興している佑経と館奥庭の花宴で対面するが逆に佑経に諭され、富士の御狩りの再会を約束し別れるという件で「夜討曽我」の少し前の話となる。「若木花容彩四季」の上巻であり下の巻「林燗三人生酔」と続く。

詞章


解説