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「三保の松」

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あらすじ

この曲は東海道駿河(静岡)付近の名勝「三保の松原」を題材として明治の中頃に河竹黙阿弥が作詞した美文である。

世界遺産として名高い富士の霊峰を望み、東照宮御廟のある久能山など因んだ寺院や峠などを綴りながら羽衣伝説の一説を用いたもの。

二世常磐津豊後大掾が八世小文字太夫を襲名した際に披露された曲。

詞章


ほのぼのと 明け行く空の雲晴れて 千本(ちもと)の松①に風も無く 波も静けき君が代の 恵みを仰ぐ朝日影

東(あづま)を照らす宮②の名も 高き山路の久能山(くのうざん) 遠く望めば玉櫛笥(たまくしげ)③ 箱根が嶽(たけ)の二子山(ふたごやま)④ 近き眺めは青嵐 吹きげの濱 ⑤薩埵(さつた)越え⑥

岸打つ波の清見潟(きよみがた)⑦ 清水の湊(みなと)朝込みに 船の往来(ゆきき)の真帆片帆(まほかたほ) 風のまにまに風早の 御穂(みほ)の社の三保神楽⑧

音に聞こえし羽衣の 松は常盤に色変えず 幾年(いくとせ)ふりし物語

有渡(うど)の濱辺へ雲井より 天津少女(あまつをとめ)が天下り 松に懸けたる羽衣を漁人(すなどりびと)に拾われて 帰る便(よすが)も荒磯の 荒し苫屋にはかなくも 結びし夢の別れ路に 吾妻遊びと夕潮の差す手引く手の駿河舞(するがまい)

霓裳羽衣(げいしょううい)の一曲⑨に 袖を返して帰る波

其の少女には劣るとも 伊達を駿河の弥勒町 通ひ曲輪(くるわ)の遊び女(め)⑩に 旅寝の憂きを忘れ草 朱(あけ)の煙管(きせる)の長かれと 交はす袖師のうらなくも 語ろふ間さへ短夜(みじかよ)に別れとも無く興津川(をきつがわ)

またの御見(ごけん)と約束の 日取り数ふるきぬぎぬに 鐘に恨みぞ有明の 月は残れる吐月峯(とげつほう)⑪ 後へ意(こころ)は残れども 狐が崎の名もあれば 是も手管と庵崎(いほざき)や

手越の里の少将⑫が 昔を忍ぶ厚原の 曽我の祭り⑬の賑はしく 賤機山(しづはたやま)の賤の女が 浮島が原⑭浮き立ちて 田子(たご)の田子の浦辺⑭へ 打ち来る波へ姿写して 見る水鏡 雪の化粧(けはひ)の其の美しさ 誰に靡(なび)くか夕煙 しょんがいな 分けも無や

げに時知らぬ山と謂(い)ふ 富士は四時(しいじ)に変はり無く 三保の松原千代懸けて 枝葉栄ゆる常磐津の 賑はふ家ぞ目出度けれ

解説


①駿河の三保の松原。

②久能山にある東照宮。

③櫛箱(くしげ)の美称。箱と箱根をかけている。

④箱根に在る山。

⑤富士川河口の西、蒲原の浜辺一帯の総称。

⑥旧清水市の興津の東に在る薩埵峠。

⑦興津から袖師にかけての海岸。

⑧三保神社で奉ずる神楽。

⑨唐の玄宗が仙人と月宮に遊び仙女の舞を見たが、玄宗はその音調を覚えて帰り楽士にそのとおり作らせたのがこの楽曲という。楊貴妃はこの舞を得意としたとされる。

⑩参考:遊郭

⑪静岡市西部の丸子町にある山の名。連歌師宗長がここの竹林の竹で灰吹きを作り吐月峰と名づけたところからタバコ盆に用いる竹製の灰吹き。

⑫曽我物語に登場する遊女。 参考:夜討曽我

⑬厚原の曽我両社の祭礼。

⑭沼津と静岡の間に在る名所。