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「釣女」

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あらすじ

独り身の大名と太郎冠者がかねてより信仰する恵比寿神の霊夢により妻を得ようと旅に出る。大名は辿り付いた西の宮の社前で釣竿を拾う。恵比寿神がこれで妻を釣りなさいとくみ取った大名が針を落とすと、何と見目麗しい天女の様な花嫁が釣れる。

次いで一杯機嫌の太郎冠者が自分も妻をと勢込んで釣竿を振るが、釣り上げたのは河豚のように膨れきった不細工な醜女(しこめ)だった-。能楽の間狂言※「釣針」に取材した曲であり最も筋が解り易い演目である。

※能ではシテの中入のあと狂言方が出て演じる滑稽な内容の洒脱みにあふれた部分を間狂言として口直しに上演される。狂言の事。

詞章


抑々(そもそも)是は猿楽①の 昔よりして其の技を 可笑しと謂(い)ひし狂言師② 名に大蔵や鷺流(さぎりう)③の 姿を写す釣女

大「斯様に候者は 此の處(ところ)の大名でござる ヤイヤイ 太郎冠者④あるか
太「ハァ お前に
大「居たか
太「ハァ
大「汝も知る如く 此の歳まで定まる妻が無い 承れば 西の宮の恵比寿三郎殿⑤は 福者⑥と申す事 是へ参り妻を申し受けうと存ずる 汝 供を為(せ)い
太「誠に仰せの如くでござる 西の宮の 木比壽三郎(きびすさむらう)殿へ 参るが可(よ)うござりませう 私も定まる妻がござりませぬ 次序(ついで)ながら申し受けませう
大「さてさて 汝(おのれ)は卒爾(そつじ)な事⑦を言ふ者ぢゃ 恵比寿三郎殿とこそ云へ 木比壽三郎と申す事が 有る者では無い
太「ハテ 畫(え)に描いた折は 恵比寿三郎と申し 又 木で造った折は 木比壽三郎と申しまする
大「中々 汝は物知りでおりゃる 某は道不案内ぢゃほどに 名所旧跡を語り聞かせよ
太「畏まってござる
大「然(さ)らば急いで参らう サァサァ来い来い
太「参ります 参ります イヤノウノウ頼うだお方 まづ参る程に 是が早

小唄に諷(うた)ふ奈良法師 行くも戻るも心の止まるも 山崎の山嵜(やまざき)⑧の 君と涅槃⑨の長枕 結ぶ縁の尼ヶ崎

大「ャ面白い面白い シテ向うに見ゆる山は 何山ぢゃ
太「ハテ あれは山でござる
大「此処な奴 山は山ぢゃが何と申す
太「エェ 何山は 山でござる オォソレソレ

彼(あん)の山から 此(こん)の山へ 飛んで出たるは何りゃるろ 頭(かしら)にフッフと二つ細うて 長うてリンとチャッと推した⑩

太「兎(うさぎ)ぢゃ ハハハハ
大「何を申すぞ シテ 西の宮は未だか
太「最早(もはや) 此の森の内でござりまする
大「然(さ)らば参詣を致さう 手水(てうづ)⑪手水
太「ハァ
大「まづ鰐口(わにぐち)⑫に取付かう ジャガンジャガン 如何に申し上げ候

我 此の歳まで無妻なり

大「三郎殿の利益にて 定まる妻を授けたまへ

授け給へと一心籠めて 伏し拝む

大「ヤイ太郎冠者 汝も拝め
太「畏まってござる ジャガンジャガン いかに木比壽三郎殿へ申し候

我も定まる妻は無し 似合い相応美しき 妻をお授けお授けと 三拝九拝したりける

大「ヤイ太郎冠者 今宵は通夜を為(せ)う 汝も眠(まどろ)め
太「畏まってござる

大「アラ尊(たふと)や 尊や

内陣の内⑬ぞゆかしき 我が妻を 千代と契らん手枕の 袖を被うて眠ろみしが 程も有らせず夢覚めて

大「ヤイヤイ お告げが有ったお告げが有った 汝が妻に為る者は 西の門の一の階(きざはし)⑭に在らう程に 連れて還れ とお告げが
太「是はいかな事 私がお告げも其の通り
大「急いで参らう 急いで参らう

勇み悦ぶ脚下(あしもと)に 落ちたる竿を取り上げて

大「ャ是はいかな事 妻では無うて 竹の先に糸が附いてある 是は何であらうぞ
太「不思議なお告げでござりますな

大「イヤ 是は悟った 恵比寿殿は普段釣竿を放さず 釣りばかりしてござるに依って此の針で 妻を釣れと云ふ事であらう 先ず急いで釣りませう エイエイ

釣ろうよ釣ろうよ 神の教えの釣り針を 下ろし見目好(みめよ)き 妻を釣らうよ 針を下ろせば 不思議やな気高き女を釣り上げて

大「アラ有難や さても良い妻が懸ってござる 嬉しや嬉しや
太「何がされ お悦びでござる

大「コレコレ 其方は定まる妻ぢゃに依って 眼を懸けて遣る程に 良人(をっと)を大切(だいじ)にしませうぞ ヤァ 小野小町か楊貴妃⑮か アラ美しや美しや
太「イヤ 申し申し 途次(みちみち)コッソリ楽しもうと 背中へ入れてきた此の水筒(すひづつ)⑯ お二人様の三々九度 是にて目出度う御祝言
大「ャ是は一段の事ぢゃ サァサァ注げ注げ
太「心得てござる
大「先ず 女子(をなご)の方より差しませい
上臈「申し我が夫(つま) 必ず見捨てて下さるな
大「何の見捨てて可いものか
太「オォ嬉し
大「太郎冠者 祝して一つ 謡うてくれ
太「畏まって候

高砂や⑰ 此の盃が二世の縁⑱ 神の御前で祝言は 三郎様がお仲人 よし其れとても 浮気心が有るなら本に 罰が當(あた)るであろぞいな

必ず見捨てて下さるな やいのやいのと寄り添えば 傍に聴き入る太郎冠者 気を揉みあせり

太「ャ申し申し 其の釣竿を私にお貸し下され 見事釣って見せませう
大「早う釣れ 早う釣れ
太「イヤ 釣る段ではござらぬ エイエイ

釣ろうよ釣ろうよ 釣る物は何々 鯛に鰹に恵方棚⑲に 撞き鐘 信田の森の 狐にあらぬ釣り針を 下げて下ろして三十二相⑳ 揃うた十七八を 釣らうよ釣らうよ
余念も長き鼻の下 オォ當ぞ ドッコイ占めた 引き上ぐれば 被着(かつぎ)眼深(まぶか)に被ぎし女

太「アラ 尊や懸ったわ懸ったわ サァサァ此方(こち)へ御座れ 嬉しうや嬉しや サァサァ是からは 三々九度の盃じゃ 是へ御座れ 何も恥ずかしい事は無い 其方と女夫(めうと)になるならば 春は花見 夏は涼み 秋は月見の酒盛りに 冬は雪見のちんちん鴨㉑ 天に在らば比翼の鳥 地にまた在らば連理の枝 必ず其許(そもじ)は 変はるまいな
女「何の変はって可(よ)いものかなぁ
太「先ず 何は兎もあれ 御面相を㉒

被衣を取れば此は如何に 河豚(ふぐ)に等しき醜女(しこめ)ゆゑ

太「ャ 和御料(わごりょ)㉓は鬼か化け物か ノゥ 消えて無くなれ消えて無くなれ
醜「ノゥノゥ 我が夫 今仰った楽しみは 嬉しうて嬉しうて 私ゃ忘れはせぬわいなぁ
太「ヤレ 情けない 許いてくれ許いてくれ
醜「其れゃ 無情(つれな)いぞえ 太郎冠者殿 コレ

こっちら向かんせ 何ぢゃいなぁ 思へば深い恋の淵 沈む我が身を釣り糸に 結んだ縁の西の宮 蛭子(ひるこ)㉔儲けて二世三世 変わらぬ色は竿竹の 末葉栄行く女夫仲(めをとなか) 離れはせじと取り縋る

太「ノゥ恐ろしや恐ろしや
大「ヤイ太郎冠者 三郎殿の授け給ひし妻ぢゃに依って 否應(いやおう)はなるまいぞ
太「アァ其方様は 吉(よ)い月日の下で御生れなされた 此の太郎冠者は 月も日も無く暗中(くらやみ)で生まれたと見えます
大「何は兎もあれ 目出度う 舞うでは無いか
太「エェ 勝手にさっしゃれ

高砂や 此の浦船に帆を揚げて 月諸共に舞の袖㉕ 雌蝶雄蝶の仲も良く 遠く鳴尾の沖の石 堅い契りは住吉の 千代に八千代を懸け橋や 千秋萬歳(せんしうばんぜい)の千箱(ちはこ)の珠を奉る 目出度さよ

大「目出度いな
太「ヘ お目出度うござります

笑ひ興ぜし能舞台 鏡の松の常磐津㉖に 昔へ還る岸澤㉗の 波の鼓の内寄りて 睦まじかりける次第なり

解説


①能楽の事。

②能楽狂言方の事。

③狂言方は大蔵・和泉の二派があり、鷺流は断絶している。

④狂言に登場する役柄。大名などに仕える召使の役で狂言に登場する役柄の中ではもっとも数の多い代表的な人物である。

⑤摂津の国の西の宮。恵比寿様が本尊となっている。

⑥幸運にめぐまれた人。また、富裕な人。

⑦軽率なこと。また、そのさま。かるはずみ。

⑧京都から大阪に行く途中にある地名。

⑨参考:仏教用語

⑩早く推量した。

⑪社寺に参拝する前などに手や口を水で清めること。

⑫神社仏閣の正面の軒につるされた円形で扁平中空の金属製の音具。参詣者が縄でたたいて鳴らす。

⑬神体を安置する奥まった場所。

⑭能舞台の階段部。

⑮世界三大美女の二人。

⑯水筒。太郎冠者は中に酒を忍び込ませている。

⑰謡曲「高砂」より。

⑱親子は一世、夫婦は二世、主従は三世の縁。

⑲その年の吉報歳徳神を祀った神棚の事。

⑳参考:仏教用語

㉑男女が仲睦まじいこと。

㉒顔のありさま。顔つき。

㉓そなた。

㉔赤ちゃんの事。日本神話でいざなぎ・いざなみ二神の間に生まれた第一の子。

㉕謡曲「高砂」より。

㉖能舞台の背後の松の模様を、縁語である常磐津に結んだもの。

㉗常磐津三味線方岸澤家と浪が打ち寄せる岸とをかけたもの。