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・弐・・玖・拾



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十五世家元を継承した七世文字太夫の膝に座る四男浪花太夫、長男晃(八世文字太夫)、次男豊(文蔵)、三男清(文右衛門)、長女ねね、次女常子、三女きこ、そして、七世文字太夫妻の志津。

昭和10年(1935)
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当時の歌舞伎出語り図。

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七世文字太夫、長男晃。

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七世は厳格な父親であったという。

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門弟たちと。左から9人目が七世文字太夫。左側に三兄弟の姿も。

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三兄弟を囲むように若手の演奏家たちと。

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初舞台時の記念写真。親子で。

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家元幼名である小文太夫を四代目として襲名。

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襲名会。

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四世小文太夫、檜物町の若旦那として立つ。

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凛とした表情は聡明な印象を受ける。

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正月に家族で。

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当時では珍しい、白い背広姿の七世文字太夫。

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演奏風景1。

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演奏風景2。

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掛け軸を制作する為、二世豊後大掾の姿に模した烏帽子素襖を纏う。

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家元に代々伝わる家元の掛け軸の内、七世小文字太夫(林中)と二世豊後大掾の掛け軸は共に鏑木清方(左)作のもの。

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四世小文太夫が七世小文字太夫(十世小文字太夫)を襲名する。
当時は常磐津を離れて富本節を創流した「初世小文字太夫」、初世豊後大掾養子で六世兼太夫となった「四世」、同じく養子で桐生小文字と俗称される「五世」を、小文字太夫として系図に入れなかった(現在は小文字太夫を名乗った全員を数える→参考)。

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初世文字太夫の父である宮古路豊後掾(豊後諸流の源)を取材した作品。
詞章は歌舞伎研究者・渥美清太郎氏によるもの。

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天地会にて。妹背山婦女庭訓。前列真中に七世文字太夫、三列目真中に四世小文太夫(八世文字太夫)。十世小文字太夫襲名後か。

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門弟の日本橋春枝事常磐津喜三枝。七世文字太夫は日本橋のほか柳橋など、各花柳界で多くの門弟を育てた。



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