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・肆・・玖・拾


昭和30年(1955)
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市松取立。浅草にて。

4-17s30年、駒太夫取立駒栖太夫名取、日本橋永森にて。.jpg

五世駒太夫取立、日本橋永森にて。

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菊三郎取立。

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八世文字太夫は先代の意志を継ぎ、戦後の流派を広める事に全力を注いだ。

昭和31年(1956)
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上野不忍池の大弁財天に芸道の上達を祈願して。

昭和33年(1958)
4-19s33年神田川にて。べえ、文字、菊三、八百、曽江。.jpg

神田川にて。左から、曽江、三世文字兵衛、八世文字太夫、菊三郎、八百八。

昭和34年(1959)
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新橋演舞場に於いて、七世文字太夫七回忌追善にて長男薫が五世小文太夫を襲名。写真は八世文字太夫による挨拶。

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梨園からは三世市川左團次、七世市川門之助、そして、十一世市川團十郎からも祝いの言葉が贈られる。

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家元が作曲した「杜若に寄す」を出演者全員で合奏。

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会場に飾られた、七世文字太夫の肖像画(伊藤深水作)。

4-20s34年皇太子殿下御結婚をお祝いして.jpg

同年、今上天皇陛下昭仁皇太子殿下御結婚をお祝いして。

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三味線塚参詣。三列目右から三人目が八世文字太夫。

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「祝言式三番叟」演奏。

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「明烏夢泡雪」演奏。

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「乗合船恵方萬歳」演奏。

八世文字太夫は古風な語り口で、段物を得意とする一方、様々な曲に挑んだ。

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関西にも流派の剛根が脈々と広がる。

昭和35年(1960)
4-19s35年3月10日美増会十周年、交詢社ホールにて.jpg

八世文字太夫の弟子、文字増(女流)が催す美増会十周年(3月10日)。銀座交詢社ホールにて。

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千東勢太夫(左)、八世文字太夫(右)

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演奏風景。

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八世文字太夫と菊三郎。

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八世文字太夫の立三味線は専ら政寿郎が弾いた。

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流派の野球チーム「トキワーズ」。常磐津の団結力の高さが垣間見られる。長唄「ニャイアンツ」とのゲームか。

昭和36年(1961)
6-20s36年9月、五世駒太夫芸歴四十周年、四世駒歌都襲名披露演奏会、帝国ホテルにて.jpg

五世駒太夫芸歴四十周年記念、四世駒歌都襲名披露演奏会。帝国ホテルにて。

昭和37年(1962)
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政寿郎芸歴35年を祝って帝国ホテルにて。家元八世文字太夫、母堂志津、文字敬、政寿太夫、政寿郎、吾妻太夫、酒造太夫、喜文太夫、政栄、文奈、文昭、行司の曽江氏。

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同年、常磐津宗家家元春秋会にて。立語り須磨太夫の立三味線を弾く、五世小文太夫。

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父親から手解きを受けた後、五世小文太夫は菊三郎から本格的に三味線を教わる。



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